2010-05-12

隣室に外国人の親子二人が引っ越してきた。東欧から来たそうだが、母親の方は学生時代日本留学していたらしく(その後帰国→結婚出産離婚→再来日)日本語は達者だった。

子供の方は中学生女の子だった。引っ越してきた時は小学生だった。

よくあるシングルマザーの例に漏れず、母親仕事(翻訳家出版業らしい)で深夜まで帰宅しない日が多かった。そのため、右隣に住んでる俺と左隣に住んでる老夫婦が時折娘の面倒を見ていた。まあ、実際に見るのはもっぱら老夫婦だったが、俺の部屋にも月に何度か来ていた。目当ては俺のゲーム機と部屋に散乱している漫画で、来るたびに少年ジャンプを一心不乱に読んでいた。

母親が泊まりがけになる時は、徒歩5分の所にあるツタヤに連れて行って映画アニメDVDを借りてやったり、それを再生するためのプレステ2を貸してやったりもした。

俺自身も母子家庭に育った事もあり、彼女の人なつっこさも手伝って、かなり甘やかしてしまったと今は思う。そのうち彼女のためだけに少女漫画雑誌ゲームソフトを買い置きしてやったりもしていた。

それが当たり前になって1年か2年過ぎた頃、休日に部屋でゴロゴロしてたらインターホンが鳴った。ドアの前に彼女母親が一人立っていて、食事を作りすぎたので食べるのを手伝って欲しいとの事。

彼女母親料理の旨さは以前に何度か差し入れられた時に知っており、ちょうど小腹も空いていたのでご相伴にあずかることにした。彼女中学部活動のため外出しており、部屋にはいなかった。

食卓に並べられた料理の数と量から、それが間違って作りすぎたのではなく最初から自分を招くためだった事を何となく察していると、彼女母親は俺にとんでもない相談をしてきた。

「娘の初体験の相手になって欲しい。」

どうやら、彼女らのお国では女性は十代前半で男性経験するのが一種の文化のように定着しているらしい。なので母親はてっきり、娘が俺と経験済みだと思っていたそうだ。

彼女らの価値観では、あの年頃で男性経験していないというのは初潮を迎えていないのと同じくらいに深刻な事態らしい。そのため娘自身も俺とそうなるきっかけがつかめず悩んでいるのだという。

当然俺は拒んだ。

「そんなことをしたらこの国では犯罪だ。」

「私の国でも犯罪です。でも私の国では黙認されていますし、ここでも、娘と私が望んでいるのであれば何も問題はありません。」

「問題はなくとも私の良心が痛む。彼女可愛いとは思っているが、それは彼女子供だからだ。」

「痛むというのであれば、子供扱いされている娘の心もまた同様です。このままでは娘は一人前の大人になれません。いずれ愛する人と結ばれる時、未経験と分かれば相手を酷く失望させるでしょう。娘にそんな思いをさせられません。」

まさかこんな所で文化の違いにぶち当たる事になるとは。

これは後で知った事だが、祖国に住む祖父母の強い希望で、彼女中学卒業に合わせて二人は帰国する予定だったらしい。十五歳になってから祖国で相手を見つけるのは、彼女にとっては耐え難い事なのだそうだ。

埒があかないと感じた彼女はこう言った。

「私もあなたを困らせたくありません。日本人であるあなたに、私の国の常識を一方的に押しつけるのは気が引けます。そこで、もしあなたが、いずれ娘の夫となる事を約束してくださるのならば、私も娘にその日が来るまで待つよう説得しましょう。あなたは娘が結婚できる年齢になるまで悩む事はなくなりますし、あなたが夫になるのならば娘も未経験である事を悩む必要はなくなります。」

俺は考えた。彼女結婚できる年齢に達するまであと2年近く、現実的に考えれば5、6年はあるだろう。その間に彼女の気が変わったり、日本の生活に慣れる事で祖国の風習にとらわれなくなる見込みもある。その時に彼女からの自発的に「婚約」の解消を申し出るなり、自然消滅するなりしてくれれば何も問題はない。

何より、差し迫った問題を当分先延ばしに出来る事が何よりも重要だった。俺は悩んだが、母親の提案を承諾した。彼女が成人したら結婚する、と。

隣に住んでいて、理由もなく疎遠になれるはずもない事が予測できない位に、俺はテンパってたんだろう。控えていた転勤の予定が会社の都合で立ち消えになったのも大きかった。

なんだかんだあって、結局彼女が十八歳の時に結婚した。例の祖国の風習が母親即興でっち上げた嘘だった事は、その数年後、嫁の妊娠を報告した時に知らされた。それと前後して、母親(今は義母)は旦那(彼女の実父)と元の鞘に収まっていた。

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