普段、そんなそぶりも見せなかったから、気づかなかったのだが、どうもポエムサイトを作って詩を書いているらしい。
サイトを見てみると、古風なHTMLのサイトで、交流用掲示板の書き込み数からみるとどうもそこそこ見られているサイトのようだった。
流行る理由はなんとなくわかった。
椎名林檎とaikoを足して、3か4かで割ったようなポエムがチェリーピンクで書き連ねられていて、素人目にもそこそこ上手な部類の詩が、赤裸々に、多少過激に書かれていたからだ。
問題は内容だった。
最新の更新は土曜の深夜で、彼氏とのデートを書いたポエムだった。
その日は確かに彼女とデートをしたし、なんとなくそのデートを書いているように見えるのだ。
しかもそれが、赤裸々に、過激に書かれるものだから、こちらまで赤面してしまう。
――あなたの小指を狙っていたら、雨降るかな、ってつぶやいた
確かにその日は雨が降りそうで降らない曇りだったような気がする。
そのポエムは彼が恋心に応えてくれないから、いたずらして恋の魔法を掛けてやれみたいなポエムで、え? そんなこと考えてたのかと、どぎまぎするには充分だった。
電話をするときょとんとして、知らなかったっけ? と返される。
ブログのコメント欄にファンらしい人が書き込みをしていて、それでわかったと告げると、恥ずかしそうにへらへらと笑う。どうも、高校生の頃からずっとほそぼそと続けているサイトで、それなりに人が来るから、やめるにやめられないと言う。
「でもさ、これってプライベート筒抜けだよね?」
すこし強く言うと、不機嫌な声が返ってきた。
「これポエムだよ? なんで本気になっているの? そのまま書くわけないじゃん」
「でも、この彼、ぼくのこと書いているよね?」
「だからポエムだって」
まず、ぼくはポエムの基本中の基本を全く知らないとのこと。
たしかに、始めたばかりの頃は自分の周囲の事をそのまま書いてしまうのだけれど、ある程度書けるようになってくると、それでは全然材料が足りなくなってくるので、膨らまして書くようなるのだと言うこと。
それは妄想のたまものであって、事実とは全く異なる内容になるとのこと。
「ポエムは理不尽な現実に対するレジスタンスなの。現実をそのまま書いたら、ポエムになるわけないじゃない」
そこにはこう書かれている。
――積乱雲って、好きじゃない、頭がいたくなるから。
記憶にあったのだ。
「この言葉は言った気がする。こんなようなことを確かに言った」
「それは貰ったんだよ、面白かったから。でも、それだけだよ? だって、これ東京国際フォーラムにいることになっているし」
それを言ったのはコミケの日だった気がする。
彼女は気楽に、台詞の一つや二つぐらいけちけちするなというが、それでも釈然としない。彼女のポエムを眺めていくと、ときおり、背が高くてさわやかな恋人が登場するのを見つける。
「これって、前かなにかに付き合っていた彼氏じゃないの?」
少なくともぼくは背が高くないし、さわやかという感じではないからだ。
「よくわかったね! まあ、ちょっとイメージしたかな、でもちょっとだよ? まさか妬いてるの?」
妬かないはずがない。
その彼との間でも、色恋沙汰のやりとりを赤裸々に過激に書いているのだ。
「すこしは」
「まったくもう……。これだから困るんだよなあ……」
彼女はため息をついた。
彼女は辛抱強く説明をしたのだが、やはり、ぼくがポエムを書いたことがないせいか、彼女がはぐらかしているように感じてしまう。
「だからさぁ、aikoちゃんが、ずっと太一を思って歌ってると思う?」
「太一とは結構前に別れたけど……」
「だから、別れる前にずっと太一への愛を歌っていたと思う? そんな風にいっているのは、そう説明するのが分かりやすいからだよ。実際には誰に向けて歌っていると思う? 観客に対してに決まっているじゃない。聞いてくれる人が共感してくれるように歌っているの。それがポエム。妄想のたまものなの」
ぼくは言い返す。
「じゃあ、なんでむかしの彼のポエムを書いている?」
「だって、そうした方が分かりやすいんだもの。あなた、夏は似合うけど、5月は似合わないし。便利だから使っているだけなの、あのポエムには合うから使っているだけなの。ポエムが先で、それに合う部品として使っているだけなの」
理屈は分かるが釈然としない。
「じゃあ、ぼくはポエムに使うのに便利だから付き合っているの?」
盛大なため息が聞こえてくる。
「いや。でもさ、なんかやっぱり気分悪いんだよなぁ……」
辛抱強くしていた彼女の声が高くなる。
「わたし、純愛ポエマーなんだよ?! わたしが付き合っているのはあなただけなんだから、あなたとのことを一字も書いちゃいけないって言われたら、なにを書けばいいの? ポエムのためにもうひとり付き合えって言うの? あなたのほかに!?」
「いや、そこまでは言っていないけれど」
「ポエムなんて全部妄想なんだから。たしかに実際にあったことを材料にして書くことはあるよ? でもそんなのほんの一部。あとは全部妄想なの」
ぼくは食い下がった。
「でも似ている気がする、ぼくに」
彼女は黙ってなにかを考える。
あっと小さくつぶやいて、言った。
彼女はゆっくりと息をして話し始める。
「えーとねえ。aikoちゃんの詩って読んだことある? 文字で。たぶんとても曖昧に書いてあって、具体的にどんなことがあったのかがぼやけて見えるように書いてあると思う。でも、曲を聴いた人には何となくの情景が浮かぶでしょ? たぶん書いてないことも」
「あ、うーん、たしかに」
「これがポエムの魔法。あなたはこの魔法にかかってしまっているの」
彼女は得意げに息をする。
「あいまいで、それでいて想像力を刺激するように書く。そうすると、それを聴いた人は、そのもやもやとしたものをなんとかして具体的なイメージにしようとするの、わかる?」
「そこまでは」
「そのとき、その聴いた人は自分の記憶で、その足りない部分を補うの。そうすると、そのポエムがまるで自分を歌っているように聞こえてくるってわけ」
しばらく考えるが、ぼくは意味がつかみきれなかった。
「つまり、あなたがわたしのポエムを読んでいるとき、あなたはあなたの記憶でそのポエムを埋めている。だから、わたしが書いているポエムがあなたを書いているように見えてしまうの、わかる?」
釈然としない。
彼女はため息をつく。
「ま、この魔法が使えるようになったら、あなたもポエマーだから。あなた、魔法にかかっちゃってるんだ。わたしの腕も鈍ってないなぁ」
その日はさすがに遅い時刻なので、電話を切った。
彼女はお気楽なのだが、やはりあれだけ赤裸々に書かれてしまうと、どぎまぎとしてしまう。
なんとかならないかなあとと思う日々。
これはあんたが悪い。彼女の言うとおりだよ。 てか、あんたは理系だからわからないかも知れないけど、 ポエムなんて単純に言えば”妄想”だ。 あんただっていい女と付き合ったり、...
今は分かんないって言ってる彼女の気持ちも、貴方自身がポエム書けば分かるよ! きっと! 訳の分からない心象を一度言語化してみるんだ、もとい、吐き出してみるんだ! あるいは、...