2009-03-29

夫の創作

スパイラル

家で少し眠っていると彼女が帰ってくる。

足音だけでわかる。いや、そもそも彼女以外に

この部屋にくる人間など居ないのだ。

「起こしちゃったかしら」

彼女はそう言いながら煎餅をビュンビュン投げている。

「あぁ、少し眠っていたけど大丈夫

「目が覚めたら真面目に聞いて欲しいことがあるの」

彼女は投げた煎餅を四つんばいで咥えながらそう言った。

「いいよ。もう目が覚めたから」

僕は答える。

「そろそろ私、あなたと別れようと思うの・・・。」

テトリスをやりながら彼女が言った。

「僕が君を好きだとか、一緒に居たいとか、そういう事を

言ってももうダメなんだね?」

「あ、今長い棒が出るの待ってるから少し待って」

彼女は長い棒が出るのを集中して待っている。

「ワッフー、長い棒きたー。テットリスーテットリスー」

「あ、えぇ、そうなの。あなたの事は大切だけどもうダメなの」

彼女はそう続ける。

「いつ出て行くんだい?悲しい事だけど、僕には君を引き止める勇気

傲慢さももっていないよ・・・」

「え?何て言ったの?金縛りだけど、ボグーは神を敷き詰めて勇気

ガンマンももっぱらナイト?」

彼女意味不明な事を言う。

「うん。それはそれでいいけど、出て行くって事だよね?」

僕は答える。

「えぇ、あなたにはちゃんとお別れを言ってから行こうと思って」

「君の荷物なんかはどうするんだい?」

僕が尋ねる。

「あ、ちょっ、長い棒、長い棒、ウオッホーイ、長い棒ーテットリストリストリスー」

「うん、適当に荷物は捨てておいて。大切な物は無いから」

彼女はそう言ったけど、彼女との思い出が大切な物だと

思っているから僕はそれらを捨てられないんだろうと思う。

「さて、いこうかしら」

彼女テトリスだけバックに仕舞ってそう言った。

バス停まで送るよ」

家をでて少し歩くと見知らぬ人に声をかけられた。

「祈らせてください。1分で終わりますから」

そういうと見知らぬ人に手をかざされて

二人は目を瞑るように指示された。

僕がこっそり目を開けると、隣にいた彼女は目を見開き

手の平を凝視していた。

「あなたたちの幸せを祈らせていただきました。お幸せに」

カカカカ、これからアボーンしるんだおww二人はアボーンしるうぇうぇwww」

彼女がいきり立ったので無理やりその場を離れた。

バス停に着くとすぐにバスが来た。

「あなたのことは忘れないわ。さようなら」

そう言うと彼女バスの降り口から乗り込み、バスの運転手に注意され

一度バスを降りて、乗り口にまわり、運転手に小言を言われそのまま

奥へ消えていった。

「バツが悪いな・・・」

僕はそう呟いて視界からバスが消えるまで見送った。

家に帰ってから、一人になった寂しさを実感し、洗面所で顔を洗う。

顔を拭きながら鏡をみると彼女歯ブラシが置いてある。

「・・・・ワッとなってるなぁ」

彼女歯ブラシは使い込まれた物で毛先がワッとなっていた。

「すごいワッとなってるなぁ・・・」

そう言って僕はその歯ブラシゴミ箱に投げ捨てた。

ワッとなってるから・・・。

人は悲しみを和らげるために眠る。悲しい事やつらいことを

寝ることによって和らげるように回路が出来ている。

何度も夜をむかえると僕は彼女の顔を忘れる。

そして声も忘れる。

先に声を忘れるのだろうか。それとも顔を忘れるのだろうか。

でもワッとなった歯ブラシのことは忘れない気がする。

あんなにワッとなった歯ブラシは見たことがないから。

僕の思い出の彼女はワッとなった歯ブラシなのかもしれない。

  • けっこうおもしろいよ。「ワッとなった」とかの語彙もいいと思う。

  • 関係ないけど、歯ブラシがワッとなる磨き方をする人って、歯の側面を磨くときに、歯ブラシを横に(⇔の向きに)動かす人が多いと思うんだ。 これ全然磨けてないぜ。縦(↑↓)に磨...

    • 食べかすがたまるのは歯の根元なのに横磨きだと全然取れないんだよね。 歯の根元に斜めに歯ブラシをあてて小刻みに縦に磨くと汚れが落ちる。

  • http://anond.hatelabo.jp/20090329194927 スメル バスに乗った私は一番後ろの席に座る。 理由は、「他人に後頭部を見られるのが嫌い。」だからだ。 何気なく外をみると彼が寂しそうにこっち...

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