この女は契約社員だったんだが、職場内で不倫をやらかしてしまい、
男のほうは正社員だったんだが、降格等諸々処分は受けたが、
職を追われるまでには至らず、今も働いている。
そこで今回の結婚相手を見つけたとのこと。
で、今回の結婚の知らせを聞いたのだが、
ここでその女がとんでもない事を口にした。
「○○(不倫してた男)も結婚式に招待したいので住所を教えてくれ」
かなり危機的状況だったみたいだが、
その当時からは既に数年が経過してるので、
一応「みそぎ」は済んでる状態。
当然、今更結婚式の招待状なんか届いた日には、
無駄に波風が立つだけ。
というか、女のほうも無事に結婚相手見つけたんだから
…報復?
…決別?
…愉快犯?
女の心理って理解できんわー。
そのため、お笑い番組で見る全てのボケを笑っていては体がもたないため、笑うレベルの閾値をあげている。
そのため、友人や先輩、上司のボケには笑えない。その閾値にまで達していないものばかりなのだ。
そのせいでユーモアの嫌いな人、との見方をされることもある。まるで逆なのだ。
バレンタインデーは もともと、男女がプレゼントを贈り合う習慣(起源はもっと別だと言われている)
なのに、なんで、チョコレート限定なのか?ってのは、わたし、お菓子業界に踊らされています。マーケットに踊らされていますって表明するようなバカげた習慣ではあるが
もう、祭りとして定着したのでしょうがない。
というのは、おいておいても。
『チョコレートはもともと高い物だ』と思う。原材料とかにこだわるとだけど。
あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ…
京大入ったと思ったら10年経ってて無職童貞ヒキニートになっていた…
な… 何を言ってるのか わからねーと思うがおれも何をされたのかわからなかった…
論文数の少ない教授はそれを気にしていることもあるから、不用意に論文の話をしない方がいいこともある。
数年前の話だが、研究がまとまってきたから英文誌に投稿しようと思って教授に相談しにいったら、いきなり激怒されて、なすすべもなく研究室を追い出された。今は普通にSEをしている。ちなみにその研究はほぼそのままの内容で助手(今は助教)がまとめて英文誌に投稿した。
あとから聞いた話だが、その教授はことあるごとに自分の論文数の少なさを気にしていたのだそうだ。
今の若い先生たちは実力主義でポストを獲得しているから大丈夫だとは思うが、年をとった教授の中には論文の数とは関係なく年功序列で昇進した人もいるから注意が必要だ。
単純な単語はあらかたIDとして取り尽くされてるんじゃねえの?
じゃいいんじゃない
仮面を作ってもどうせすぐばれる
それで好きな人にフラれるなら仕方ないと思うよ
好きな人以外にモテたいとは思わない
というか迷惑だ
お店に行って並んでるの見たらみんな高い!
チョコごときで何でこんな値段?
だって口の中に入れたらなくなっちゃうんだよ。
わたしに彼氏が出来た途端、
もうチョコ売れてないのかなぁ。だから高いのかなぁ。
こいういう場所に来るとホント資本主義ってくだらないなと思う。
もはや新しいものをどんどん買わそうなんていうビジネスモデルは通用しないのに。
そこを見誤っているから「消費しない若者」なんてもので大騒ぎしている。
↑を書いた増田だが(信じる信じないは任せる)。なんか最近になって急に取り上げられてたので2年越しの補注。
http://metalsty.seesaa.net/article/113651104.html
『いや、私は河豚の肝を食べるなとは言わない。そういう食習慣を持った地方があっても良いとは思うが、それを得意げにブログに書く神経が不見識だと思う。』
2007年頃には既に大量に「どこそこで肝喰えたぜ!」って書いてるブログがあって
「おいちょっと待て! そんなにおおっぴらになって厚労省から指示が出たりして大分県の各保健所がガチでフグの肝を取り締まりだしたらどうするんだ! っていうか合法ってのは全くのデマだし!」
と考えたのが件の記事を書いた動機。だから文中ソースは大分県庁HP(pref.oita.lg.jp配下)に絞って
「お前等現状はあくまで違法なのが目こぼしされてるだけって認識しろ」
と喧伝したかったわけだ。ただ、強い調子で書いちゃうと
「違法のフグ肝出す厨店舗うZeeeeeeeeeeee!! 潰そうぜこいつらwww」
「カワハギの肝と区別がつくのか?」
「まあ、ソープみたいなもんよ」
ってやや婉曲に落としたわけ。や、実際にカワハギ(乃至他の魚)の肝出してる店もあるらしいですけど。
だから
『これはいくらなんでもひどいだろう、と思って厚生労働省にメールで問い合わせたんですが、5日経っても返信が来ません。黙殺か?』
まとめると、
ということで。このへんが肝喰う客としての節度だと思うんだ。
んで、余談ですが、何で大分県の各保健所が自主的に取り締まらないかって、そのへんもソープみたいなもんさね。
自分でふぐの肝喰いに行っててその店潰すような真似、なかなか出来ませんわな。ましておおむね安全(なノウハウが確立してるのもFAQにソース示してある)で摘発しなくても実害がなく、どこでもやっていて、しかも摘発したらふぐの名店が軒並み全て廃業する羽目になるとしたら。
ていうか「ふぐ肝の提供は違法」って明記した条例の検討過程で「肝喰えなくなるの? 罰されるの? マジで?」(大意)みたいなことがおおっぴらに行政サイドで審議されてて吹いた(現実には条例とか言う以前にどのみち食品衛生法上「黒い」)。(結論は「や、条例で司法罰があるわけじゃないですが食品衛生法上の行政処分として営業停止はありますよ?」(大意))
http://www.pref.oita.jp/13900/suishin/kakuho/kengi/h17/1/giji.pdf(の11~13ページあたり)
かなり手応えがあっても、すぐ付き合ってすぐヤっちゃうのはなんかもったいないし多少片思い的な期間を楽しむためにも1~3ヶ月程度はおくかな。
すぐヤっちゃうとすぐ飽きられちゃう。というかすぐヤっちゃう男ってそもそもヤリ目的?って感じなので
すぐヤっちゃうのはいやだなあ。でも、求められるとヤっちゃうんだけどさ(;;)
やっぱり1~3か月くらいは温めておきたい感じか。まあ期間は相手と会う頻度にもよるけどね。
飽きたら自分なりの世界観を構築して楽しむとか、あるだろいろいろうに。
霧雨魔理沙に唾液を装填した水鉄砲でぶっ放されて罵られるシチュエーションを妄想して興奮するとか、そんなこともできんのかと。
つーかそいつ、飽きたって何様のつもりだ。クリエイターはおめーの召使じゃねえぞ。
大学の授業で、映画論を学んでいたんだが、そこで先生がよく問いかけていたのは、
青春時代から20歳あたりまでのピークを頂点に下り坂に入る山形なのか、
もしくは生まれた瞬間から下り坂なのか、ということだった。
(イメージ図を入れようと思ったんだが、いろんな壁に阻まれて断念)
これが主題ってわけじゃなかったんだが、こうした考え方も踏まえて
デイヴィッド・フィンチャーの「ファイトクラブ」とか「ゲーム」、
デイヴィッド・リンチの「ワイルド・アット・ハート」とかいろいろ観た。
(きょう公開のフィンチャーの「ベンジャミン・バトン」なんか、まさにドンピシャなテーマ)
自分なんかは、華やかな青春時代を経験したわけでもなく、色恋沙汰に現を抜かしたわけでもなくて
人生のピークって言われてもいまいちピンとこなかった。だからか、自分の経験でいえば人生平坦、
もしくは、自分の苦手分野をつぶしていくっていう後ろ向きな前進みたいな生き方からゆるやかな
上り坂なんじゃないかと思っている。
授業を受けていて思ったのは、人生お先真っ暗な人生観がメジャーな考え方なのか?ということだ。
先生の個性が大いに発揮されていた点も影響あるだろうが、その映画を観た後の学生から寄せられるエッセイも
どれも暗澹たる思いを滲ませた文章が並べられていたんだが、多くの人は人生は下るものだと思ってるのか?
そうした思いを持ちつつ授業を受けていたわけだが、まあ、そんなの個人の感じ方の問題であって自分が
どう思うって主張したところでなんもならないんで、特に何もせず放っておいた。
で、なんで今この文章を書いているかっていうと、今さっき父ちゃんがテレビで黒沢明の「七人の侍」の
ラスト場面を観てて、
「この終わり方がすごい。洋画(「荒野の七人」しかり)では、真似できない黒沢のすごさだ。」
みたいなことを言ってて、はっと思ったからなんだ。(ちょっと乱暴だけど洋画=ハリウッド映画な)
「そうだ、洋画はいつも尻すぼみなんだ」
と、ひとりごちたわけなんだ。
けど、黒沢的なすごさとは全く違った凄さで、ある意味投げ出した感じの終わり方なんだ。
もちろん、それだけで映画全体の評価にする気は毛頭ないんだが、なんかあまりにも最後が雑だなあと
気付かされたんだよな。どこがどうなんだっていう解説はめんどくさいからしないんだが、
映画を観たことある人は、「ああ、あれね」と思ってもらえるんじゃないかと思う。
で、それがどうしたって・・・?
自分でもいろいろ考えて書いてたうちに、よう分からんようになってしまったんだが、
要はカタルシスとかドラマチック要素を求めすぎる現代社会の風潮と、
ピーク型とか下り坂型人生観に、なんか類似性があるんじゃないかなあってこと。
へー( ゚д゚)