2009-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20090113114715

どうして「“使えない奴”を減らそう」という方向には向かわないのか

「使えない奴」は、常に社会に一定数存在しているわけです。これを多少なりとも減らそう(というか使える奴にしよう)という方向性が見られないのは、これはもう社会に何らかのレイシズムがあるということですよね。そういう人らは浄化されるべきだみたいな。

というよりも、今の世の中に足りないのは、「使えない奴」を“許容すること”でしょうね。

別に知能指数でも思考パターンでも何でも良いが、普通に頭よろしくない人って人口の半数はいるし、

どこの集団にだって「使える奴」が出てくれば「使えない奴」も出てくる。

生まれ持った性格やら育ってきた環境やらで、もはや変えられない「使えない因子」を持つ人もいる。

「人は変われる!」と頑張るのは一向に構わないけど、もはや変えるのめんどい「使えない因子」を持つ人だっている。

つまり、みんなで「使える奴」になろうってのは、論理的にも現実的にも無理だと思います。

それでも、「使えない奴」を減らすべきだというなら、それは「使える奴」の優位を強調ですることでしかない。

でもね、そんなことはフィルタリングかける方もかけられる方も、みんな知っているはずなんですよ。

だって、そういう頑張り次第で浮き沈みする方がいいと思うから、自分が「使える奴」か否かを気にするんでしょ。

つまり「使える奴」を目指す人は、みんな自分一人は勝ち抜けたいと思ってる。

「使える奴」に優位を認めるなら、「『使えない奴』を減らそう」とか甘いこと言っちゃだめです。

更に言えば、「使えない奴」は使えないんだから、その「使えなさ」においては救う必要ないんですよ。

だって、「使えない奴」が相対的にお金ないのはしょうがないし(資本主義だし)、

「使えない奴」が仕事自尊心満たせないのもしょうがない(仕事できないんだから)。

でも、「使えない奴」になるって本来はその程度のこと。

一昔前のように、もし「使えない奴」が、周りから呆れられながらも許容されるような世の中だったら、

自分が「使えない」ことをへらへら笑って済ませてしまっていた人達が、今の世の中で苦しい思いをしているのだと思う。

そう考えると、この「使える・使えない」競争しか与えられていない今の世の中が世知辛いんだと。

てなわけで、(使えなくたって)ええじゃないかを起こすしかないですよきっと。

それはそうと、世の中の多くは「使えない奴」だから、実際自分が使えなくても気にしなくて良い気がする。

ちなみに「使える奴」を語る人って、驚くべきことに、「使えない奴」が大半。

就活生が思いやすい「使える奴」像が膨らんでしまうのは、大学生がみんな大人に見えた理論と同じ。

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