など若年層と一部の発達障害と思われる大人の間で十数年前から語られる処女崇拝。もう語られているだろうが、2つの点で問題点があるのかなと思ったので整理しておく。
一つ目は宗教的・霊的・スピリチュアルななにかを処女に求める傾向だ。
昔から巫女は処女でなければダメ。婚前交渉はダメ、など処女による閾が提示されてきた(と僕は友達やネットで聞かされて育ってきた)。
男尊女卑の時代からだが、これは女性が毎月血を流すこと、それから処女を失ったときに一部の女性は血を流すということに由来する。
血と死は昔から"ケガレ"として遠ざけられており、処女の中でも初潮を迎えていない頃合いはもっともケガレていないという見方があった。
そこから貫通を経験していない女性にはケガレがない→神秘的な何か、力や霊的ななにかが宿るという宗教的な視点が現れたのではないか。
女性の体を神聖視し、初めてその体に傷をつけること。宗教的などと大きな言葉を使ったが、実際は小さな崇拝といったところだろうが。
女性をモノとしか見ていないとか、男尊女卑の名残だとかそういう見方もできる。
彼女が別の男を知っている。それはつまり自分が比べられる対象になることが含まれる。
日本は性的な産業が一般的にはなっているものの、まだ若年層には閾の高いものとなっている。要は練習の場がないのだ。
もし自分がそういう体験が無い場合、相手が自分の未熟さをどこまで許容してくれるか、性格から推測する以外に担保はない。
特に日本の男たちは優しい。
相手を満足させてあげたいのに他の方が満足できたと言われると(実際に早々言われる機会はないけれど)自尊心と他人に対しての貢献心までが傷つくことになる。
世の中が性に開放的になっている一方で、失敗に対して不寛容になっているように体感する現代では、処女崇拝は失敗をごまかし一度しかない経験を共有するという意味では恋愛的戦略なのだろう。そういう戦略しか知らない男が多すぎるのであろう。
恋愛なんて、つきあったりHしたりするのは意外と簡単だ。
ただ付き合いを続けるのは難しい。二人がつきあうことで、相手の家族や友達、職場、自分の周りの人間関係によい影響を与えなければならない。
最後まで読んだが 誰にも受け入れられない理想を叫ぶのも、他人に強制強要させなければ別にいいと思う 自分の為の恋愛ってのがしたい人はすればいい。それに従いたくなるぐらいの...
見当違いも甚だしい
見当違いというか、あの文章には意味が無いような。特に前半
霊性とか知ったこっちゃないし、他の男と比べられるって発想自体がない(だって性的に無知なんだもん)し、バーチャル恋愛だし、って何度も言ってるのにね。 なんで十年一日のごとく妄...