「おとなしい」という言葉がある。これには「大人」という言葉が含まれている。
大人から見ると、「おとなしい」子供は良く思われるが、
子供にとっては「大人しい」は「大人しぃ」であり、「ええかっこしぃ」と同じように
いい意味で捉えられていないような気がする。
大人の人はよく反抗する子供に対して「まだ子供なだけだ、いずれわかる」という言い方をする。
大人にとって、大人になるということは、「既存のルールを理解して」「それに従うこと」なのではないか。
実際、たいていの場合はその考え方でも「困らない」。だから何となく正しいことのように思う。
ただ、「既存のルールに従う」ということは、「いったん大勢の中に埋没する」ことを意味している。
そこにはどうしても「普通」とか「平凡」という言葉が付きまとうだろう。
では、子供から見た大人とはなんだろうか。
これはさまざまであるような気がする。
子供はルールというものを把握していない。基準というものが見えていない。
あくまで自分の感性に従って「こういうのが大人だ」というものをイメージするのではないか。
子供によっては単純に「格好いいことをしている」とか「大人のやっていることを知っている」とか
「異性との付き合いを知っている」とか「自分の力だけで生活している」とか、いろいろだと思う。
それでも、何か「子供にとって特別なもの」であることを意味しているような気がする。
だから、大人から子供に対して「大人になりなさい」という言葉をかけるとき
あるいは子供が大人に対して「早く大人になりたい」という言葉を発するとき
お互いにギャップが生じていると思う。
私は昔からよく親に「さっさと大人になれ」と言われ続け、
早々に親離れをし、一人で生活するようになり、親との対等な関係を求めるようになった。
でも、親がこの言葉によって求めたことは、「親に服従すること」だったようだ。
この誤解は大きかったと思う。
中学の時からよく対立してしまい、今でもあまり仲がよくない。
だから「大人になれ」なんて言葉は使うべきじゃないと思う。
少なくとも、大人を立派なものだとか、絶対的なルールみたいに考えない方がいいと思う。
もっと素直にお互いの感情を別の言葉でやり取りすれば、お互い仲良くできたのかなぁ
いや、やっぱりうちの親ではだめだったのかもしれないな。。。