2008-12-18

大人が考える大人と、子供が考える大人

「おとなしい」という言葉がある。これには「大人」という言葉が含まれている。

大人から見ると、「おとなしい」子供は良く思われるが、

子供にとっては「大人しい」は「大人しぃ」であり、「ええかっこしぃ」と同じように

いい意味で捉えられていないような気がする。

大人の人はよく反抗する子供に対して「まだ子供なだけだ、いずれわかる」という言い方をする。

大人にとって、大人になるということは、「既存のルールを理解して」「それに従うこと」なのではないか。

実際、たいていの場合はその考え方でも「困らない」。だから何となく正しいことのように思う。

ただ、「既存のルールに従う」ということは、「いったん大勢の中に埋没する」ことを意味している。

そこにはどうしても「普通」とか「平凡」という言葉が付きまとうだろう。

では、子供から見た大人とはなんだろうか。

これはさまざまであるような気がする。

子供ルールというものを把握していない。基準というものが見えていない。

あくまで自分感性に従って「こういうのが大人だ」というものをイメージするのではないか。

子供によっては単純に「格好いいことをしている」とか「大人のやっていることを知っている」とか

「異性との付き合いを知っている」とか「自分の力だけで生活している」とか、いろいろだと思う。

それでも、何か「子供にとって特別なもの」であることを意味しているような気がする。

だから、大人から子供に対して「大人になりなさい」という言葉をかけるとき

あるいは子供が大人に対して「早く大人になりたい」という言葉を発するとき

お互いにギャップが生じていると思う。

私は昔からよく親に「さっさと大人になれ」と言われ続け、

自分解釈で大人になることを目指し続けた結果、

早々に親離れをし、一人で生活するようになり、親との対等な関係を求めるようになった。

でも、親がこの言葉によって求めたことは、「親に服従すること」だったようだ。

この誤解は大きかったと思う。

中学の時からよく対立してしまい、今でもあまり仲がよくない。

だから「大人になれ」なんて言葉は使うべきじゃないと思う。

少なくとも、大人を立派なものだとか、絶対的なルールみたいに考えない方がいいと思う。

もっと素直にお互いの感情を別の言葉でやり取りすれば、お互い仲良くできたのかなぁ

いや、やっぱりうちの親ではだめだったのかもしれないな。。。

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