http://anond.hatelabo.jp/20081119001743
まず、現状を調べることです。知人に聞いたら知らなかった、なんてエピソードで結ぶのは控えるべきです(それを取り掛かりにするならともかく)。
科学と文化を完全に切り分けて論ずることなど出来ません。ニセ科学というのは実証のプロセスの話でもある訳です。それは文化的・社会的な仕組みにも関わってくる。ただ、科学の論理構造を論ずる際に切り分ける、というのはあり得ます。論点を整理すべきです。
ニセ科学論は自然科学だけの話ではないということを押さえて下さい。たとえば血液型性格判断がどういう風に論じられているかはご存知ですか? 心理学(心理学は学際的分野です)の領域でも色々な議論があるのは? 水伝がシンプルに自然科学の問題だとお思いですか?
ニセ科学は、初めから実証のプロセス等の具体論の話です。評価する時点での科学的な価値付け(←引っ掛かるなら、「位置付け」と呼んで下さい)でもあります。それを無視して科学と信仰の共通性を語るのは、論点の誤解です。だから、そういう問題ではない、と指摘します。
科学と信仰の共通点というトピックは、広く人文科学や社会科学的に興味深いものでしょう。しかしそれは、ニセ科学と科学との関係の議論とそのまま関わるものではないのです。だから、「切り分けて考える」と言われます。全く無関係だから一緒にするな、というのではありません。論理的に考えれば、科学を信仰するという面は、「信仰」という語の意味を広く捉えれば、確かに可能です。しかし、一応別な話として考えないと、収拾がつかないのです(実際そうなっていますよね?)。
たかがネットです、という言い方には疑問を覚えます。誰でも見られる所で自説を展開するのにそういう認識ではよろしくないでしょう。あなたはご自分の意見を、「たかがネット」で発信されるもの、という軽い認識で書いている訳ではないでしょう? その熟考の跡が、それを物語っています。
叩きやすい所を叩く、という非難はしばしば受けますね。本当に、うんざりするほど。
叩きやすさと批判対象に対する重み付けは別でしょう? 叩きにくいものは必然的に社会的な重要性が高い、という訳ではありませんよね? もちろん、「叩きやすさ」の判断が不明確という疑問もあります。
菊池教授による優先順位の問題の話を調べてみて下さい。
あなたの疑問に対する答えはここに書いてあるかも知れません。もしかすると、あなたが見かけるニセ科学論者以外にも、ニセ科学について述べる人達が見つかるかも知れません:http://www39.atwiki.jp/cactus2/
これを書いた人:ublftbo
宣伝か? というコメントがありましたけど、全然知られていない有用なコンテンツがあるのを知らせたい、という意味では、かたちとしては、まあそうなります。そういう表現は不本意ですけど。
これはちょっと答えておきます。 お話はもっともで、「実証のプロセス等の具体論の話」でとどまっているなら、だれも反感を覚えないと思うんです。でも反感を覚えている人が現にい...
これをかいたものだけどね。 http://anond.hatelabo.jp/20081118173958 http://anond.hatelabo.jp/20081119001743 http://anond.hatelabo.jp/20081119051725 弁当爺さんのコメント欄みて、ほんとにがっかりしたんだ。これね...