その1992年と2002年の間には日教組を支持団体に持つ社会党が非自民自社さ連立で政権与党にいたわけだから、日教組は90年代の教育政策まったくの無関係で、90年代の教育政策も全部中曽根が決めたってことにするのは強引じゃね?
全部が全部中曽根ってわけじゃないがゆとり教育のスタートが1985年の臨教審というのは教育問題語る上では一般的な認識と思われ。
自社さ政権で社民が与党にいた間は日教組が与党に影響を及ぼす余地がある程度あったのは否定できないが、非自民政権1993から1994年、自社さ政権1994から1998年、週休2日制に移行し始めたのが臨教審を受けた1989年改正1992年開始、ゆとり要項が1999年改正2002年開始。
だから年代的には社民が入った時に一旦止まって社民が抜けてからもの凄い勢いでゆとり政策が進んだことになる。もちろんあくまで皮肉な結果論だが、結果論としてそうなったのも事実。
当時の政治的意図としては、公教育は最小限に抑えて、私学や塾といった民間の教育機関を活用するという、新自由主義的な「規制緩和」のコンテキストで語られていた。寺脇はどうも独自の教育論があったようだけど中曽根をはじめとする自民保守派の意図としては今で言うところの「小泉改革」みたいなノリだったわけ。結果的にそれは未曾有の大失敗に終わったし、当時から非難は多かったのだけれど、当時の政府は本気で規制緩和だと思っていた。
まぁ日教組が問題の多い組織であることは否定の余地もないのだけれど、ゆとり教育に関して彼らに責を押しつけるのは間違っている。むしろ彼らは反対して押し切られた側なのだから。
小泉政権くらいの頃はまだ「ゆとりは日教組のせい」というような論は見かけなかったように思う。自民いつ頃からこんな恥知らずなことをほざくようになったのだろうか。
最近気になってるんだが、ゆとり教育っていつの間に日教組が推進してきたことになったんだっけ。 今「ゆとり教育」と言われるのって文部官僚の寺脇研が1980年代に打ち出した方針の...
今「ゆとり教育」と言われるのって文部官僚の寺脇研が1980年代に打ち出した方針のことで、方向性は1984年から中曽根の諮問機関である臨教審で決められたものだけど、段階的に週休2日...
その1992年と2002年の間には日教組を支持団体に持つ社会党が非自民自社さ連立で政権与党にいたわけだから、日教組は90年代の教育政策まったくの無関係で、90年代の教育政策も全部中曽...
全部が全部中曽根ってわけじゃないがゆとり教育のスタートが1985年の臨教審というのは教育問題語る上では一般的な認識と思われ。 うぃきぺでぃあによると、 1972年(昭和47年) 日...
うぃきぺでぃあによると、 ゐきぺの「ゆとり教育」と「臨教審」の項はかなり都合良くはしょられてるな。「ゆとり世代」や「寺脇」の項とつじつまが合ってない。 詰め込み教育への...
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