最近気になってるんだが、ゆとり教育っていつの間に日教組が推進してきたことになったんだっけ。
今「ゆとり教育」と言われるのって文部官僚の寺脇研が1980年代に打ち出した方針のことで、方向性は1984年から中曽根の諮問機関である臨教審で決められたものだけど、段階的に週休2日制が始まったのが1992年、いわゆる「授業内容3割減」の実施が始まったのは2002年。この「3割減」指導要領で教育を受けた世代が世間では「ゆとり世代」と呼ばれてる。
臨教審自体は中曽根政権下で「教育改革」「教育自由化」と位置づけられ、中曽根+官僚 vs 日教組という形で反目し、日教組は例によって反対反対の大合唱で、結果は日教組ボロ負けで終わった。
この指導要領については自民の右派と官僚が主導した「改革」で、日教組は「改革」に対する抵抗勢力だったはず。ってかこの件に限らず日教組が政府筋の教育改革に賛成したことなんて無いだろう。
週休2日制については更に10年以上前から日教組が主張していたのも事実で、要するに労組らしく「休ませれ」って話なわけで、まあ段階的に土曜が休みになっていったことで授業時間が減った事実もあるのだけど、これを「ゆとり」の一部に含んでしまうと1992年当時中学生だった層=現在の30歳前後くらいまで「ゆとり世代」になってしまって一般的に「ゆとり世代」と認識される層よりも10年ほど上にずれてしまう。
「ゆとりが必要」というような論も昔からあったものだけど、後年寺脇や中曽根が推した「ゆとり教育」は用語を借りてるだけで直接の繋がりはないはず。中曽根なんてそもそも日教組の意見なんてはなっから聞いていなかったわけだし。
まあ日本の教育に日教組が色々悪影響を与えてきたという論については別に異論もないのだけど、ゆとり教育に関してだけはどうも酷いすり替えが発生している。
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その1992年と2002年の間には日教組を支持団体に持つ社会党が非自民自社さ連立で政権与党にいたわけだから、日教組は90年代の教育政策まったくの無関係で、90年代の教育政策も全部中曽...
全部が全部中曽根ってわけじゃないがゆとり教育のスタートが1985年の臨教審というのは教育問題語る上では一般的な認識と思われ。 うぃきぺでぃあによると、 1972年(昭和47年) 日...
うぃきぺでぃあによると、 ゐきぺの「ゆとり教育」と「臨教審」の項はかなり都合良くはしょられてるな。「ゆとり世代」や「寺脇」の項とつじつまが合ってない。 詰め込み教育への...
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