2008-04-27

仕事と遊び(休み

僕は仕事と遊びの境界線がないのが理想だ。

理論的には、だから、起きている時間はすべて仕事に当てることができる。

つまりは、自分の好きなことを仕事にするのが理想だった。

現実はそうではない。

僕はそうやって思いながら育ち生きてきたせいか、仕事と遊びの区別をするのがとても苦手だ。

オンオフの切り替えがうまくできない。

仕事人間ワーカホリックになってしまう。あるいは極端にダラダラ過ごすか、である。それでいいと思っていた。それが僕だし、徹底して好きなことをするのは楽しい

でも現実は、仕事と遊び(休み)の区別をつけなければいけないような仕事に就いている。

もともと熱中することにはすごくのめり込むタイプだった。

そして責任感と義務感が強い。

たとえいまの仕事が好きになれなくても、義務と責任は果たす。その2つを履行できたことに幾ばくかの喜びを感じることもできる。

でもな、やっぱり疲れるな。自分の身の丈に合っていない生き方は。

「その仕事を天職だと思って取り組め」というのがうちの上の人の考えだが、言いたいことはわかるものの、思いこみは自己欺瞞と密接に絡み合っているから、取り扱いが難しいものだ。

やはり長くはこの仕事続けられないのかもな。本音は続けたくないと思っている。もう少し自分の性格にあった職種で生きていきたい。試してみたいこともある。

だが、そうではなく、あくまでも「ここで、この職場で生きていくんだ」と覚悟して日々を送るべきだろうか。そうするメリットもある。目の前の仕事に集中しやすくなる。そうすれば中途半端な気持ちで取り組むよりずっと成果が期待できる。逆に覚悟が無く辞める気で仕事をやる場合最低限度すら到達できないかも知れない。しかしこの覚悟、精神的肉体的な歪みや疲労が溜まる危険性がある。なぜなら無理しているから。覚悟は覚悟でも、無理をするための覚悟だと思う。

いつか辞めるときは、"惜しまれつつ、颯爽と去る"ことができれば一番いいんだ。

やることをやって、自分の道を進む。

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