2008-04-24

リア充はなぜコミュ力が高いか

題名は正確ではない。正確には、「非コミュはどうしてリア充よりコミュ力が低いことになるのか」とでもした方がよいだろう。内容はここを読んで考えたこと。

自分に自信のない人間は、基本的に周囲の様子を常にうかがっている。場にそぐわない行動をして排除の対象になるのではないかと、多かれ少なかれ怯えている。いわば、誰よりも「空気を読んで」周囲に気を遣って行動しているのはこうした人間だ。しかし、結果的にKYと呼ばれて排除の対象になるのもやはりこの種の人間だ。余りにも悲しい現実だ。

空気なんか読まなくてもリア充になれる

では、どうしてそういうことが起こるのか。これがコミュ力の差なのであると元記事は指摘する。だが、それはむしろ逆ではないだろうか。以下の文章にヒントがある。

では、「リア充」たる基本的要件はなんだろうか。その絶対的必要条件は「コミュ力」だろう。「リア充」に慣れるか否かの決定的要因となるのは、新しく作られるコミュニティに対しすぐさま順応できる能力を持っているか否かであり、また見ず知らずの他人に対し仲良く話しかけることが出来るか否かである。これは「リア充」と呼ばれるにふさわしいテニサー達の行動を見ていれば分かる。あの行動の源泉になっているのは他でもない「コミュ力」であり、コミュ力こそがリア充につながるのである。

http://d.hatena.ne.jp/thir/20080423/p2

リア充が「コミュ力」が高い?とんでもない!ここに挙げられているテニサーなどその反例の最たるものではないか。混雑した学食の中、嵩張る荷物で座席を占拠しつつ大声でわめき立てる集団といえばほぼ間違いなくテニサーであろう。これほど、周囲とのコミュニケーションや気遣いを欠いた振る舞いもなかなかないのではないだろうか。

ジャイアンリサイタルにも人は集まる

ではなぜ、リア充傍若無人な振る舞いをしても排除されないのか。あるいは、リア充はどうして人に親しげに話しかけて、人を集めることができるのだろうか。その理由は簡単だ。リア充には理屈が通用しない。というより、奴らの辞書には自分が否定されるという文字はなく、奴らの空気を壊したり誘いを断ったりすれば、不愉快オーラと「空気読めよ!」という罵声が飛んでくるのは容易に想像できるからだ。だから、むしろ周囲の人間が「こいつらと関わると面倒だ」と、こいつらの周囲に漂う「空気」を読んで、先に諦めてしまうのだ。また、自分に自信のない人間(もう面倒なので「非コミュ」と略す。本記事中に限り「非コミュ」をこの意味で使う)にとって、彼らの罵声はトラウマを刺激され、後々まで精神的打撃を引きずることになるのは目に見えていることなのだ。

つまり、ジャイアンリサイタルである。ジャイアンの歌は甚だヘタクソであるにもかかわらず、出席率は100%である。その理由は明らかであろう。つまり、ジャイアンの歌と同様、テニサーが持っているような「能力」は本来の言葉通りの「コミュニケーション能力」ではない。しかしながら、ジャイアンリア充は場を仕切ることができ、それ故に人を集めることができる。それが悲劇の始まりなのだ。

かくして、クラス飲み会だの会社の同期だのの集まりは、酒や馬鹿騒ぎが好きでない非コミュにとっては針のむしろになる。しかしその中でも、非コミュは場の雰囲気を気遣い、自分が不快な思いをさせられるのを承知で、テニサー系人種の仕切る飲み会に欠かさず顔を出し、精一杯の作り笑いをするのである。一体「コミュニケーション能力」が高いのはどちらであろうか。それとも、「コミュニケーション能力」とは、テニサーが持っているような「コミュニケーションを人に強要する能力」のことだったのだろうか。

コミュニケーション能力とは権力だった

早い話、俗に言われる「コミュニケーション能力」や「空気を読む」とは「権力」のことなのである。そして、この権力がもたらす秩序に順応する力を「コミュ力」なり「空気読み力」といい、この権力秩序の元での被差別階層が「非コミュ」であり"KY"なのである。つまり、元記事は話の順序がまるで逆なのだ。「コミュ力」があって「非コミュ」があるのではなく、「リア充」と「非コミュ」の間にできる秩序をこそ「コミュ力」と呼ぶのだ。「リア充」に合わせる能力を「コミュ力」というのだから、そもそも「リア充」はコミュ力を問われることなどあり得ないのである。

つまり、「コミュ力」とは「リア充」との近さのことだったのである。従って、「リア充」以上にコミュ力が高くなることはないし、「非コミュ」はいくら気遣いを心がけても「非コミュ」から脱出できることは残念ながら望み薄であろう。

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