これはすばらしい喩え方。早速次回から使わせていただきます。
出会うのが早すぎたな??こういう嫁タイプのヒトはもっと年取ってから出会うほうがいいんではないか??
ってずっとおもってたのね
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俺は「光」、もしくは「明かり」でありたくて、
でも「影、闇の部分をよく知ったうえでの穏やかな光」でありたいとおもってんのねずっと。
悪いこととか、サイテーなこととか、ヒデェ状況とか、サイアクな現実をたくさん見て
そゆのたくさん経験して、そういう影の部分をよく知った上でいいこと楽しいこと明るいこと
を
改めて大事にしたいと思ってる
だからって自分から犯罪じみたこととかするってわけじゃなくてさ
なんでも先入観で 善悪きめないでなんでもやってみて色々経験しまくってから
それも落ち着いたら
彼女っぽいひとに出会えばいいかなって思ってた
でもなんだろ、最近、バイト先がパチンコ屋だからかもしれないけど
なんかもうすべてがバカラシク思えてしまうの
なにもかも滑稽以下でアホらしくて、なんも手につかない・・とまではいかないけど(最低限はやる
パチンコ屋っていろんなひとくるやんね?
サボリーマン、ババア、浮浪者、チンピラ、たまに高価な服着てる金持ち
別にバイトじゃなくても、学校とかどこでも、学歴とか年収とか、どうのこうの
同居してるひと、家族とか、親とか
いろんなひととかかわっててさ
みんなあんがい
くだらねぇことにばっか左右されてるんだなって。。。
テレビとか、肩書きとか、ルックスとか
そんで俺もそうだってこと、そういう人種のなかのひとりなんだってこと思い出してすごく凹んだ
で、せめて俺はそうはならないでいようって
もし子供ができたら
>>そんなことより大事なこと教えてやる!!!!!<<
って言えるような親父になりてぇって
思うんだ
そゆことばっか考えてたときね ふと思ったんだ
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彼女と出会ったのは 早すぎ ではなかったのかもしれない、むしろちょっと早いかもだけどかなりイイタイミング
かも って。
もう十分いろいろ経験してきてるかもしれないなって思ったんだ
21歳が言うのはちっと常識的に見て はやとちり かもしんねぇけど
なんかちがうんだ ほかの同年代とくらべても
おれ、どっかみんなと視線が違う
なんだろ、うまくいえない。
少し真理に近づいてるような?(こういういいかたエラソーでやだな
人間カネじゃねぇんだって 思ったりしたんだ
たとえばさ、子供のころ家が貧しかったとして、月に1回の外食をして、
親に連れられてファミレスいって
なんでもすきなものたのんでいいわよっていわれて
ソレってすげーシアワセじゃん なけるくらい
でも、親が離婚してたりしたらそれも味気ないじゃんね
高級料理よりパパに会わせてよ!ってよくあるドラマのセリフみたいで。さ。
ほんと最近おもうんだ。
女もそう。
顔が良くてもぜんぜんあかんもん。一見仲よさそうでも実はそうでもなかったりとカ、サイアクすぎる
かねあっても、いいもん買ってすてきなとこでデートして
それでなんなの?だからなに?みたいな。実際モトカノでソレ経験してるけどさ
そういう
なんだ
見栄とか
虚栄心とか だわな
ソレが 世の中たくさんのひとのこころんなかに蔓延ってて絶望した
俺の仲にもソレが蠢いていて オナジク絶望した
おれってどんだけちっちぇえんだよ って
でもそんな世の中現実でも
一個確実にある幸福ってのがあって
それが彼女みたいな、愛ってことなんだなっておもたわ
蕎麦を音を立てて食べたから嫌われたとか言ってた人じゃないんだから、その言葉通りに考えるのもどうかしてるし、それで行動しちゃうのもどうかと思うけど。
そもそも本人同士も外野も誰も本気になんてしてないでしょ・・・
本当にマジでそう思ってるやつなんて何人いるんだよwww
http://ikuzi2.blog73.fc2.com/blog-entry-2646.html
俺はプレイ当時(小学生)はビアンカ派だった。でも2度目のプレイのときは折角だからフローラを選び、そのときはあれこれ選択に至る経緯を脳内補完したので、ちょっと書いてみようと思う。
俺の脳内ではフローラは主人公に尊敬の気持ちや憧れ、コンプレックスを抱くことになる。
それまで大富豪の箱入り娘であったフローラにとって、成長した主人公との出会いはもう凄まじいインパクトを伴うものだったはずだ。若くして父を失い、一度は奴隷の身に落とされるも自力で脱出するという壮絶な人生。一国の王とは親友を超えた間柄で、彼の下に留まれば不自由のない一生が保証されるにもかかわらず、偉大な父の意思を継ぎ、世界を救う勇者を見つけてともに戦うべく厳しい旅を続ける。長い冒険で培われた圧倒的な逞しさと知性、視野の広さ。自分以外の者のために尽くせる優しさ、魔物をも従える懐の広さ。幼馴染のアンディなどとは、男としての格どころか、人間としてのスケールが違うことを、フローラは理解する。幼い頃に出会ったときは、ただの臆病そうな子どもだった主人公が、いまや自分を遥かに追い越している。フローラも捨て子なので悲しみを背負ってはいるが、そんな彼女自身が今生きていられるのは全面的に義父母のおかげで、要は幸運によるものなのに対し、主人公はもう完全に自力で未来を切り拓いている。何から何まで完敗なのだ。そこでフローラは自分のちっぽけさにコンプレックスを抱くようになる。
そして同時に、フローラはそんな男の中の男である主人公に熱烈に恋してしまう。彼に愛されたい、彼の見ている世界を一緒に見てみたい。彼のいるところへ辿り着きたい。狭いサラボナという世界ではアンディが一番の理解者かもしれないけれど、もしアンディと結婚したらそれは生涯サラボナに留まることを意味し、もう二度と、主人公が歩む広大な景色を見ることはできなくなると悟る。そういうスケールで世界と関わっていけるチャンスは、この機を逃せば二度とやってこない。
主人公的にも、フローラは(子どもの頃に船で一緒になったときから)自分とは住む世界の違うお嬢様だと思っていたのが、お互いに身の上話の合間に気持ちを打ち明けあっていくうちに、その健気さに胸を打たれ始める。圧倒的な女性らしさといい、比類ない教養といい、自分が手に入れられなかったものばかりで、当然に憧れを感じる。そして修道女出身ということで、どことなく惹かれていた(けれども気持ちが固まっていなかったのでヘンリーに譲ってしまった)マリアに近いものさえ感じられる。
まして主人公は半生を共にした仲間と別れてラインハットを発ってから、(魔物がいたとはいえ)ずっと孤独な旅を続けてきたのだ。フローラは当然にそんな主人公の持つ寂しさを癒してあげたいと思うだろう。主人公にとっても、心優しく、繊細で純粋なフローラは、徐々に守ってあげたい女性になっていく。いつしかフローラと話をする時間が、主人公にとって替えがたいやすらぎをもたらしてくれるようになる。
そういうバックボーンを盛って、偶然ビアンカと再会するまでに主人公とフローラがかなり仲良くなってしまったことにすると、元々ビアンカ派の俺でも結構迷える。
いや、しかし、はてなは絶対ニコ動対応とかしなさそうだったのに意外だね。
絶対、「あんな下らないモン誰が見るか」とか「あんな糞みたいなサイトにいちいち対応してられるか」とか思ってそうだったのに。
ま、対応して使いやすくなったのは良い事だ
・君の年収を賭けてもいい、君の言う事は違ってるよ
・いや違っていない、納税証明書送るから年収分よこせや
・なんだそのモノの言い方は
・君の年収を賭けてもいいなどとは失礼千万
ブクマ、ブクコメ、各種トラバで盛り上がっている。もちろんネタあり、マジレスあり、釣りも煽りもありーので賑わっている。個人的には面白くないと思えるネタにも様々な人が乗っかっている。面白く無い人はコメントしないから同調圧力だけが高まっていて、こちらからすると奇妙な事で盛り上がっているなあと思う。ここらへんがハテナキモイというところなんだと思えた。そういうのを実感したのは初めてだ。
ひところ、「上から目線」というキーワードで某集落が盛り上がっていた時があった。その時はさほどキモさを感じなかったが、今見ている集落は、「下から目線」のコメントがずらりと並んでいる。下から目線の面白い所は、誰もが自分が下から目線なのに気が付かない所だ。上から目線の場合、指摘された方は自重したり、目線について再考したりするが、下から目線の場合は意味が解らないという態度になる。上から目線も下から目線も50歩100歩のように思えるが、下から目線の方が症状が重いようだ。
「君の年収を賭けてもいい」と言われると侮辱と捕らえる人が多いようだ。なぜだろう。年収が少ないからだろうか?年収が多かろうが少なかろうが、年収というものは大金だ。その大金を賭けるというのだから侮辱も何も無いはずだ。無職であれば年収ゼロだから嫌味なのかもしれないが。
「君の年収を賭けてもいい」と言われると侮辱と捕らえてしまうような考えの持ち主は、低収入だから侮辱されているのでは無い。そういう捕らえ方をし、表現する事がバカにされる事になる事に気が付かないのであろうか。それが下から目線という重い病気にかかっている事なんだろう。
別に年収が低いからって誰もバカにしていないのに。
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そこの将校に「天皇の祖先はサルなんだぞー」と言われたんだって。
そしたら「そんなもん日本人なら誰でも知っとるわい。
モンキートライアル(進化論裁判、お猿裁判)なんかで騒いでるお前らの
方が遅れとるわい」と言い返したら、その将校、びっくり仰天だったとさ。
振り上げたコブシの下ろし先がなくなるから。
今すぐ読め。
お前日本語くらい読めるだろ。
今すぐ読め馬鹿。
まあこれが世間一般で確立されている「逃げの正当化」であることはわかってます。
わかっていますけど、報道でこれを聞くたびにぶっ殺したくなる。
誰を?
さあ誰だろうね?
世間を、かな?