2007-10-12

不確定性原理盲目ビリヤード

http://anond.hatelabo.jp/20071012045754

君がビリヤードをしているとしよう。盤上は混沌としている。

だが、優秀なハスラーである君には自分の撃った玉の影響で盤上の玉がどのように変化するか正確に思い描くことができるだろう。

もちろん、ショットミスがなければだ。

しかし現実はそうではない。

我々は盲いているのだ。盤上を知るためには玉をつくしかない。

玉をついた結果、何に触れることもなく反対側に玉が届いたらそこに玉がなかったということを君は知ることができる。

しかし、観測は常に影響を与える。

観測者である君がそこに玉があるということを知った場合、既にそこに玉はない。

混沌とした盤上で、観測した結果どのように状態が変わったかということ知ることは不可能だ。十分な情報が不足している故に。

このような状況では盤上の状況を確率でしか語ることができなくなる。

また、盤上にある玉が静止しているのか、はたまた気紛れに飛び回っているのか推測するのすら困難になる。

私は決定論を否定しない。

だが、我々が決定論に必要な正確な初期値を手に入れることは決してない。

なぜなら、我々もまた盤上の存在なのだから。

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