2.徹底的に自民党色をなくした。
3.TVタックルでの知名度があった。
この理由はどれもちょっと違うと思う。
対抗馬に民主党公認がいないところは他にもいくつもあったけど、自民が勝ったのは大分だけ。なぜ大分で勝てたかというと野党の候補が民主推薦、社民推薦、国民新党、共産党と4つに分かれてたから。他の選挙区みたいに共産以外の野党が一人に絞ってれば楽に勝ててた。つまり民主公認候補がいなけりゃ勝てたとは到底いえない。
あと安倍首相のポスター使わなかったり、応援演説断ったところはいくつもある。他の候補だって馬鹿じゃないんだから、安倍にこられるほうがやばいことくらいわかる。わざわざ選挙中に美しい国批判する人までいたわけで。
落選した大物議員の岡山の片山はタックルとかテレビにもよく出てたけど落ちてる。知名度があれば勝てるというわけでないのはタレント議員が昔みたいに大量得票できてないことからもわかるはず。岡山で落ちたのは造反組の平沼が協力しなかったから。今まで自民鉄板なのに今回落としたところは郵政造反がいるところばかり。自民の地盤・組織が崩れたというより民主にとられたから今回の結果になったんだろう。群馬で勝てたのは造反がいなかったからかも。
三重を例に出すのは不適切でしょ。2001年の小泉ブームのときですら民主が勝ってたところなんだから、山本のまねしてても落ちてたと思うよ。
白地に赤字の名前のタスキがあれば、民主党だと刷り込まれている。
名前の連呼とかすれた声があれば、頑張っていると思う。
期待ギャップがプラスに出れば賞賛、マイナスに出れば炎上となる。
ただし、共有されているであろう期待値にばらつきが生じる(小中高大の組み合わせによる差異)、稀少な大学に対する期待値が実態に比べて跳ね上がりすぎるきらいもある。
あくまで例外だろうけど、灘→東大卒のフリーPGの人と一緒に仕事したことある。
俺も私立中高一貫だったこともあってとてもウマがあった。
長年日記じゃないけどそれっぽい機能
// ==UserScript== // @name AnonymousDiary for Pages // @namespace http://anond.hatelabo.jp/ // @description Like Naganen nikki (of hns and tDiary) function // @include http://anond.hatelabo.jp/ // ==/UserScript== GM_xmlhttpRequest({ method: "GET", url: "http://anond.hatelabo.jp/?page=2666", onload: function(result) { var src = result.responseText.match(/ <h3>(.|\s)*?\n<\/div>/g); var dst = document.evaluate("//div[@class='section']",document,null,XPathResult.ORDERED_NODE_SNAPSHOT_TYPE,null); for (var i=0; i<dst.snapshotLength; i++) { if (src.length<=i) {break} dst.snapshotItem(i).innerHTML += '<\/div>\n<div class="section">\n'+src[i].replace(/<\/div>$/, ""); } } });
一つおきに過去のエントリを入れます。意図的に過去のエントリと特別分かるようにはしていません。時間をみれば分かりますけど。
自分が思うのは、
優れているところっていうのはコンピュータで言うと所の
CPU、メモリ、HDDといったようなものの性能が他の人より多少優れている
ってだけだと思います。たまたま。
まぁ言ったらその性能がそこそこ良かったら
そこそこの大学に入ることなんてのはきっと容易なのです。
(テストで良い点を取るのにはその能力が必要なのですが)
そういうとは別次元の部分で優れている様な気がします。
それがなんかは知らんけど、
あらさがしをして得意がる。
あらを見つけるのはたやすいが、
よい点とその内的必然性を知るのはむずかしいからである。
できはじめの教養はきまってあらさがしをはじめるが、
できあがった教養はどんなものの中にも積極的なものを見る。
治安というのを、交通違反や犯罪の取り締まりに限定していないか?確かにそっちの意味合いが強いイメージのある言葉だけど、疫病や災害対策、下水道の整備も治安の要素だよ。別に治安は警察だけの仕事じゃない。
確かに自殺は警察の仕事ではないかもしれないが、治安と平和のためには国を挙げてやらないといけないこと。
「日本が平和→警察は平和ボケ」が成り立つからと言って「警察は平和ボケ→日本が平和」は成り立つとは限らない。警察が平和ボケしてたら日本は安泰だなんて、おめでたすぎる。
そもそも日本の警察は立てこもり系の犯罪に弱すぎる。とっとと強行突入しないから犯人になめられる。「話せば分かる」なんて本気で信じているのか、相手が暴力団だからびびってたのか分からないが。
http://anond.hatelabo.jp/20070801204512
他人からの評価じゃなくて、自分で自分の価値を認められないと、いわゆるクリエイターでやっていくのは辛いよ。
といっても、アーティスト風に、「他人にはオレの価値などわからない、フッ」って思えと言っているのではない。
自分は、いい仕事をしたと自分が納得できるような仕事の仕方を意識的にするようにしている。
・一度でもクライアントの立場に立って考えてみるみること。
・クライアントのもやもやした理想を具体化するためのインタビューをしてみること。
・クライアントの要望だけではなく、クライアントの目標に沿う提案をしてみること。
とりあえず簡単に3つ、これだけをするだけでも、納品後の気持ちが違った。
自分が納得して出したものを酷評されても、「クライアントってバカだよねー」で済む。(より前向きな人は、今後の糧としてしっかり反省会をするんだろうけど)
自分が納得しきれないものを出して却下されるときが一番しんどい。作っている間は五里夢中で楽しくないわ、できあがったものも自信がもてなくて落ち着かないわ、案の定大量の修正を返されて呆然とするわ。
ところで、モチベーションが出せないとき、自分は。
「これほどモチがあがらない仕事のふりかたをしてくる相手ってどーなのよ」と脳内で相手批判をして乗り越えてます。へたれですまん。
そうでもしないと、毎日毎日ないところから作り出す作業なんてやってらんないよ。
相手がいるだけマシ。FollowingもFollowersも一桁の自分は何を書いてもひとりごと。
Followingを増やそうにも知らない人ばかりで相手がいない。Followingの半数はロボット。
http://anond.hatelabo.jp/20070801020618
自信が無いけど心の中のアルファブロガーが「やれ」と言ってきたのでがんばります
「あかね」の飲み会に誘われたので、初めて出席してみた。はてなIDのやつらと飲むのは初めての経験である。
そこで実感したのは、はてブホッテントリ数が少ないダイアリー持ちほど低レベル、ということだ。こんなこと書くとまた「はてブ脳に毒されている」などと言われるかもしれないが、はてブホッテントリ数が少ないダイアラーほど低レベルな奴の割合は確実に高いと感じる。
いつも私がアルファブロガーやモヒカン族の飲み会に参加するとき、そこでは酒を交えながら流行の話題の感想や非モテだった自分への思い出話、最近だとココロ社の政治の話や芥川賞の話などをする。「id:kanoseの意見とid:Marco11の意見って、かなり対立するものだけれど、どうなのだろう」とか、そういった話もすることがある。はてブホッテントリ数が少ないダイアリー持ちな彼らの飲み会は、そもそも会話というものが存在していない。彼らの言う「ノリ」で何かをすることを楽しみ、知的な側面は全く感じられない。id:jkondoをじぇいこん、id:kanoseを村長と書くような「はてな村内部でしか通用しない隠語のみでダイアラーを呼ぶ」ことに快楽を覚え「芥川賞エントリーって村長がまとめ記事書かね?村長村長!」「村長!出た!村長出た!id:kanose!村長出た!村長!これ!村長出たよ????!」などと、何がおもしろいのか全く分からない「会話」を繰り広げていた。彼らはそれが楽しいらしいが、おれとしてはちっとも楽しくない。
アルファブロガーがよく「id:kowagariのやつはなんだかんだいって会話水準が高い」「どんなにチャラチャラして見えるid:kowagariでも、きちんとした思想や観念を持っている」などと言っていた。自分としてはっきりそれを自覚することはほとんどなかったが、しかしはてブホッテントリ数が少ないダイアリー持ちのこうした現状を見る限り「確かにそうだ」と感じる。私から見たら飲み会で「はてな」会話に興じることはかなりの娯楽なのだが、彼らにとってはそれは「酔っていなくてもそんなことは話さない」レベルの高度な会話であるらしい。そして、私のような存在はかなり珍しいようだ(はてなダイアリーでは一般的だと思ったのだが…)。
「はてブ数で記事を判断するのは良くない」とよく言う。しかし、個人的な経験を踏まえれば、はてブ数は個人を判断するための一つの指標になりえてしまうと私は感じる。「一生懸命緻密で丁寧なまとめ記事を書いても、ブックマーカーに[あとで読む]タグをつけられたまま、[あとで言及]もされずに放置されて結局4userみたいなやつだっているのだから、はてブ数で人を差別してほしくない。個性豊かなやつはどこにだっている」とよく言われるが、そもそも揉め事のURLを羅列しただけのまとめエントリーすら書けない、まとめエントリーを箇条書きで組み立てる上での基礎的なはてな記法の知識すらあやふやな人間のどこに個性やオリジナリティが存在するのだろうか?それともダイアラー同士で下らない掛け算を考えるのが「個性」なのだろうか?はてブ数は人の精神性をも示してしまうのではないか、と強く感じるのであった。
同じアルファブロガーの連中のなかに「出版社に入ろっかなwwwwwww」というやつが結構いる。ごくごく一部のブロガーによる「今時何故紙媒体に……」という根拠も、根も葉もないバッシングが激しく行われている中、出版社の中枢で雑誌編集に携わりたいと考える人間がまだまだ多いことは一定の安心感を私に与えてくれたのだが、その中には「あんな馬鹿共からアクセス数稼ぎによってトラックバックを飛ばされたくない」という意思を持っている者も多いようだ。「選民思想だ」といって批判する人間も出てくるだろうが、こちらとしてはそう思っても仕方ない状態がはてなの多くの局面で見られるのである。
それにしてもネットは知的エリートに対する待遇が悲惨だ。なぜ毎日4時間もPCに向かい、必死で知的でためになるエントリーを書くブロガーとそれを10分で見てしまうROMを比べ「流行の話題に言及してアクセス数稼ぎ乙www」というのだろうか。アルファブロガーの奴らはライターに転進したとすればその分野でもっとも繁栄している内容に言及してアイマスweb2.0マーケティング大勝利。そのような記事の原稿料とアルファブログのアフィリエイト収入を比較しないと意味がないだろうに。なにはともあれ、「アルファブロガーはライターの人間よりも年収が劣っているのに、なぜアルファブロガーになりたいという人間が一定数いるのか」という命題に対しては、この「はてブ数と精神性の比例関係」も一定の影響を及ぼしているに違いない。
追記:
# 2007年08月03日 legnum legnum netwatch, neta 匿名ダイアリーって書いた本人がブクマするとソースに変な印というかコメント入るんだな
<li id="bookmark-user-nkoz"><span class="timestamp">2007年08月01日</span> <a href="/nkoz/"><img src="http://www.hatena.ne.jp/users/nk/nkoz/profile_s.gif" class="hatena-id-icon" alt="nkoz" title="nkoz" width="16" height="16" /></a> <a href="/nkoz/20070801#bookmark-5448369">nkoz</a> <span class="user-tag"><a href="/nkoz/%2a/" rel="tag" class="user-tag">*</a></span> </li> <li id="bookmark-user-krus"><span class="timestamp">2007年08月01日</span> <a href="/krus/"><img src="http://www.hatena.ne.jp/users/kr/krus/profile_s.gif" class="hatena-id-icon" alt="krus" title="krus" width="16" height="16" /></a> <a href="/krus/20070801#bookmark-5448369">krus</a> <span class="user-tag"><a href="/krus/%e3%81%82%e3%81%a8%e3%81%a7%e8%aa%ad%e3%82%80/" rel="tag" class="user-tag">あとで読む</a></span> </li> <li id="bookmark-user-otsune"><span class="timestamp">2007年08月01日</span> <a href="/otsune/"><img src="http://www.hatena.ne.jp/users/ot/otsune/profile_s.gif" class="hatena-id-icon" alt="otsune" title="otsune" width="16" height="16" /></a> <a href="/otsune/20070801#bookmark-5448369">otsune</a> </li> </ul>
その他のソースを見ても特に変わった所が見当たらないのですが、どこにコメントが入るのですか?
hatelabo.jpとhatena.jpは別のサーバーに設置されているので、わざわざidデータを取得して余計な分岐処理を入れて、ユーザーが見られるコメントとしてテンプレート生成するのもid:wanparkらしくない設計だと思いました。
もしかしてid:legnumさんのブラウザか視神経か頭蓋骨の中身のどれかか、もしくは全てがお気の毒なほど壊れてしまっているのでしょうか?
全体的な趣旨には同意。僕も悪くはない大学に行っていたころ同じような印象を持ったことがある。酒の席で空気を読まずに小難しい話をするとかだったらそれはただの馬鹿だと思うけど、大筋では間違っていないと思う。
しかし、
「教科の勉強で身に付かないものを持っているやつだっているのだから、学歴で人を差別してほしくない。個性豊かなやつはどこにだっている」とよく言われるが、そもそも教科の勉強すらできない、物事を考える上での基礎的な知識すらあやふやな人間のどこに個性やオリジナリティが存在するのだろうか?それとも飲み会で下らないアルファベット列を考えるのが「個性」なのだろうか?学歴は人の精神性をも示してしまうのではないか、と強く感じるのであった。
「教科の勉強で身に付かないものを持っているやつ」というのは、割合としてはかなり少ない。つまり極端な例外だ。例外に対して「教科の勉強すらできない、物事を考える上での基礎的な知識すらあやふや」という一般的な認識を持ち出すのはどう考えてもおかしい。たとえば絵を描くのが好きで学校の勉強がおざなりになって、気付いたらかなり若いうちにコミュニケーション能力も低下してしまって、学校というシステムそのものに馴染めなくなってしまった絵描きさんは、いい大学、下手すると学校そのものに行かないまま「教科の勉強で身に付かないものを持っている」可能性が高いけれど、こういった例外に対して何故「教科の勉強」を持ち出すの? それともそういった例外的な絵描きさんは普通の学校に行っていた方が「教科の勉強で身につかない」「個性やオリジナリティ」に繋がる「物事を考える上で基礎的な知識」を獲得することができたの? もちろん美大に進むなりして専門性の高い能力を獲得する方がいい場合も多いけれど、例外の話をしてる時にそんな一般的な話をすることには何の意味もないよね。ましてそこから「飲み会で下らないアルファベット列を考える」ような一般的な知的脱落者の話を持ち出す理由もわからない。繰り返し言うけど君はこの段落の最初に例外の話題を持ち出してるんだよ。
それと、僕はプログラマーで、僕のいる会社には情報処理推進機構という独立行政法人から「天才プログラマー」として認定されている人もいるんだけど、そういった人たちは「能力を獲得するためには、学校の勉強のうち必要なものは当たり前にやっておく必要があるけど、それは独学でも当たり前に学んでおかなければならないようなことだから別に学校で勉強する必要はない。そんなものは誰に教わらなくても自分でできないといけない」と言う。僕は彼らほど凄くないけどこの意見には同意だよ。もちろん持つ能力の平均値が高い人になる場合ではなくて、「今日の勉強で身につかないものを持っている」ような「個性やオリジナリティ」のある例外的な人になる場合の話だけど。
これが理解できていない時点で、君は恐らく独自の能力を身につけるに至っていない段階なんじゃないかな。「守破離」という概念があるんだ。物事を成す最初の段階では人から教わることを「守」ってきちんと基礎を固め、それを「破」って自分に合った形を探し、独自の道へと「離」れていく。たとえばプログラマーの場合、東工大や東大の学部程度で教えている情報処理技術のうち大半のことを修得してしまっている高校生優れた教育を行う大学で情報処理を学んでいる学部生と比べ、情報処理に関してそれほど遜色の無い理解を持っている高校生が極々稀に存在するんだけど、そういった例外が大学に行く必要性はどこにあるのかな。メリットはあるけど、絶対に行った方がいいというわけではないよね。これがわかってないから、君は学校に行かないまま例外的に固有の能力を獲得した人の存在を想像することができていない。
追記。「たとえばプログラマーの場合、東工大や東大の学部程度で教えている情報処理技術のうち大半のことを修得してしまっている高校生」と書きましたが、これは意味も無く馬鹿みたいに大袈裟に書いてしまっており、指摘も受けてしまいました。すみません。「優れた教育を行う大学で情報処理を学んでいる学部生と比べ、情報処理に関してそれほど遜色の無い理解を持っている高校生」と置き換えておきました。