プログラミングについての益田が上がってたので、ちょっと自分とプログラミングの歴史を懐古して見た
あれは中学校の図書室だったと思う。たまたま手に取った、子供向けのプログラミング入門書がはじまりだった。言語はBasicだったかな。
内容なんて理解できてなかったと思うけど、全部読んでしまった。変数だけはこれで覚えたと思う。
実際にやってみようと、家のWindowsをいじくりまわして見るものの、開発環境なんてあるわけもなく。
中学卒業と高校入学の間の時期、エロ記事目的で買ったWindows 100%で2つプログラミング言語が紹介されていた。
ひとつはHSP。何ヶ月かにわたって特集記事が組まれているようで、解説も長かった。
でも、目に付くのはチンプンカンプンな呪文ばっかりで、とても自分にできそうな気がしなかった。
もうひとつは日本語プログラミング言語ひまわり。記事を呼んだ瞬間にぐっと心が挽かれた。
日本語と言うだけで、プログラミングの前に立ちはだかる壁が無くなってしまったように感じた。
「こんにちは」と、言う。
そのあとは色々なものを作ってみた。
色々といっても大した数ではなかったし、程度も知れたものだけど、自分の手でソフトを作れるのはとても楽しかった。
ネットをはじめたのもこの頃で、稚拙なHPを作ってソフトを公開してみた。誰もDLなんてするわけないのにね。
ある時、そのゲームのスクリプトが配布されていることを知り、興味本位でそれをDLしてみた。
スクリプトはPerlという言語で書かれているらしかった。やっぱり呪文ばかりで読めない。
でも、次第に自分でもゲームサイトを運営してみたいという思いが強くなり、わからないなりに改造をはじめてみる事にした。
幸いにも、改造情報を集めたサイトにはわかりやすい説明があり(解説は無かったけど)、Perlを読めなくても改造を行うことができた。
そのうちある程度の命令は理解できるようになって、多少なら自作の改造を行えるようになったけど、PerlやCGIのなんたるかは全然理解してなかった。
仮に0からBBSを組めといわれても無理だっただろう。サブルーチン?なにそれ?状態だったし、データの保存の仕方も把握してなかった。
でも、プログラミングの楽しさ、何かを作り上げる喜びを再確認した僕は、プログラマと言う職業を意識するようになった。
ここまで書いて力尽きたorz
http://anond.hatelabo.jp/20070630181251 触発されて、俺もプログラミングとのかかわりを考えてみた。 小学生時、家にはFM-TOWNSがあり、PCには触る機会が多かった。当時、ソフトウェアというもの...