2007-03-19

プア・スパイラルの実体

面倒なのでトラバせずにとりあえず書くけど

貧困輪廻から解脱できない理由を社会に求めたくなるのはじゅうぶんわかるのだけど、というか、そういうので苦しんでいる人も当然いるのだろうけど、経済とか教養のpovertyってもっと深刻なものを孕んでいると思うのね。それは、要するに、中流以上の生活とか、教養のある人生とか、そういうチャンネルがその人に形成されないってこと。そういう世界を、自分のものとしてとらえることができないってこと。それこそ非モテの話じゃないけど、「まともな恋愛」ってものがあるとして、それを見聞きしたことがなければ、とてもじゃないが自分のものにすることはできないよね。生活とか教養とかも全く同じで、裕福な生活を人生の成長過程でほんの一瞬でもいいし、疑似体験でもいいから、自分のものとして味わったことがなければ、その人は裕福になりえないんだ。「知的」ってものを成長過程で一度も浴びたことがなければ、その人はどうあがいても知性を取得することができないんだ。

ちびまる子ちゃんは花輪くんの家に招待されることで「裕福」のチャンネルを獲得する機会を得たし、のび太しずかちゃん出木杉くんの生活に触れることで教養品格チャンネルを取得する機会を得た。でも、そういうの、今の日本にあるだろうか。どうだろ。

そういうことで言えば、元凶はこのゴリゴリに核化した社会にある、という言い方もできるのかもしれないけどね。

私の個人的な体験を言えば、高校に行って、はじめて「上流」というものに触れた。奴等には敵わなかった。そして、私はそういうものに触れるのが少々遅すぎた。

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