というよりも使う側が仮の病名として「自律神経失調症」ということが多いので人によって捕らえ方が広すぎるんですよ。逆に言えば割と言い訳に便利な病名。自分が実際に使った類似として『神経をやられた』も使える。うまくいけば(?)リウマチの類と思ってくれる人もいる。
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/nation/K2007031400840.html
「開かずの踏切」のいらいらを少しでも解消しようと、国土交通省が13日から、待ち時間を予測して液晶画面で利用者に知らせる実験を、京王線千歳烏山駅(東京都世田谷区)近くの踏切で始めている。
過去の電車の踏切通過時刻を、全地球測位システム(GPS)や踏切周辺に配置した観測員から送られる実際の電車の運行情報で補正して、あと何分待つかを割り出す。実験は16日まで続け、アンケートで、いらいら解消の効果も確認する。
国交省によると、ピーク時に1時間に計40分以上遮断機が下りている「開かずの踏切」は全国で約600カ所。一部で立体交差にするなどハード面の対策を進めているが、今後は実験結果も踏まえ、情報提供などソフト面の対策も検討する。
純粋に自分の趣味に関連する物だったら知りたいので、ありがたく受け取っておくけどね。
自分の中だけでこねくり回したい人にはありがた迷惑らしいのは判った。
ただ、自分の中だけで完結してるのって、限界来ない?
電極が脈拍を拾えばいいんで
適当にバンテージとかテープで固定しちゃえばいいんじゃないでしょうか
どうせ上からいろいろ着込むんだからわかりゃしませんよ
実際胸に着けてみて自分の脈拍を目で見てしまえば結構どきどきすると思いますけどね
スントのT3あたりで
http://anond.hatelabo.jp/20070315094724
「Bしらないーこんどよんでみるー」
次の日
「で、Bなんだけどさぁ」
「あ、まだ読んでないんだ。ごめんね」
「よむっていったじゃないかぁ!」
「いや、昨日の今日だしまだ買ってないし……」
「こんどっていつだよぉ!」
「え、えーと、じゃあ貸してくれたりする?」
「ああ、貸すよ、今持ってるよ、今貸すよ!」
更に次の日
「B、よんだ?あの場面であれはねぇ」
「なんだよぉ!そりゃAとBはまるっきりタイプの違う話だけどよぉ、そういうタイプが嫌なら最初から言ってくれよぉ!」
「(読まなきゃわかんねぇって)」
現在に至る。
ええ、私もそんな人です。
他人のヘイトの理由を邪推するのは愉しい。
機能変更、お知らせなど - はてなプレスリリース - Richard ChenのHatena Inc.取締役就任に関するお知らせ
ごーごるに詳しい人がリチャードちゃんの人となりを語りだしたりするのを希望。
http://anond.hatelabo.jp/20070315095507
実は自分はこういうものが好きなんだよ!
自分のことわかって欲しい、自分に興味を持って欲しい!
ってことなのかもしれないと思ったりして。
好きな「モノ」によってはこういうもの好きな俺ってカコイイでしょとか、
こういうもの好きな私ってかわいくない?みたいな、
自己顕示欲も含まれるのかも、とか。
終了条件というか目的は何、ということだろうか。
不純であると1が軽視されがちだが、ファン同士の会話というのをざっと考えてみると
なのでありこれは手続きのバリエーションとしては1と大差ないような気がする。いやうーんまとまらない。
別にギブ&テイクの関係を結ぶために趣味やってんじゃないので「間口が狭かったら教えて貰えるものも教えて貰えないからもったいない」という発想はあまりない。方向性の違いの間に生まれる空間が楽しいということもあるし。
返答っていうか…まぁいいや。
自分の中だけでこねくり回したい人にはありがた迷惑らしいのは判った。
ただ、自分の中だけで完結してるのって、限界来ない?
そう読めるのか…。違ってるままでも、違ってる間のことが話題になって楽しいし、コミュニケーション目的なら別に相手を教化せんでもいいやろ、ということなんだけど。
「粒あんが食べられません」という発言をした人に対して「いいから食べてみなって!」「いや微妙」とか教化されるかどうかの押し相撲をするより、「このあいだ粒あんダメって言ってたけどさ…」と別の話題が振れるほうが幸せじゃないんだろうか。
コミュニケーション云々は考えないって書いてあるけども、コミュニケーション以外に何があるのかわからない。自分が知らない世界のことをおしえて貰えるという話なら、それは確率の話じゃないかと思った(=流れや機会に左右されるような会話からそういうネタを仕入れるよりも、ネット見たほうがある程度までなら効率はいい)。
建前上匿名だと、書いた人の人となりがわかりにくいし、属性を細かく説明してもらっても結局行間が読めないしで、今のオレにはわかんないや、ということもあるだろう。ふつうのブログだとフィルタして最初から読んでないかもな人とかと対話できるのが魅力でもあり…時間の無駄っぽくもある。
この話で言えば、おれはおっさんとして「うーん、そういうお勧めの教化/スルーがコミュニケーションや自分の好み形成の一大事である時期もあるのかなぁ」という感想を持つ。
「あるのかなぁ」「わからん」「そういうのはおれはない」いうのは、拒否でもdisりでもなく、「教化できたら楽しいよね?」という前提をもとに喋ってないですよ、という単なるディスクレイマー。
わかる範囲でお互いリプライすればいいと思います。
こういうのは言及対象を書いてスレおよびレスを繋げなければいけないのか。
そりゃまた窮屈な縛りのある…と言っても詮無いのでつなげます。すいません。
ぎにゃーーーーーーーー
好きなもの以外のものはどうでもいいから、
自分の知らないものについては「興味ない」
と無視するのが、ほんとに何かを好きってことだろう?って意味かもしれない。
あーそういう人居るね。
でも、それって自分がたまたま発見した物しか興味の対象にならない、間口の狭い人になっちゃうよね…
ひょっとしたら、自分の好きそうなものを教えてくれてるのかもしれないのに、もったいない話だなぁ…
ぐつぐつ……(来世で会おうね)
同じく、好みも何も読んでなきゃわかんないじゃん。と、思った。
>全然違う傾向のBがすすめられる→「Bしらないーこんどよんでみるー」
そうなると逆にこの場合、なんて答えればいいのかが判らない。
にゃーにゃー
にゃ、にゃー。
もう!そんなベルト、伸び切っちゃってもいいんだよ。
痩せてきてゆるゆるになったら買い換えればいいんだよ。
だからゴムが伸びるのを心配しないで、ぱっつんぱっつんでもイイから胸に巻いてみて。
「ちょっとこれはダメかもわからんね」と思っても大丈夫。
このセンサーは胸側だけでも機能するから、背中側が切れたり伸びきったりしても自分で針と糸とゴムでなおせます。
いや、逆に背中側を自分で切って幅の広いゴムを縫いつけてもいいかもしれない。
ちなみにオイラも買った当初は調整は最長。ゴムはぱんぱんに伸びきってた。
今でも調整位置はかなり長い方だけど、なんとかゴムはまだ伸縮する。
とにかく第一歩は踏み出したんだから、後戻りしちゃダメだ。オイラが生暖かく見守ってやるから、とにかく「やれ」。
あれ?これは王様の耳はロバの耳!って叫ぶところですよね?
ヘッダの左端に「[自分のID]の日記」って書いてあるけど、そこをクリックすると、自分がここでこれまでに書いたものが日記として表示される。
それを見て、自分が書いたものとして後で眺めても恥ずかしくない、と思う範囲でなら、自由に書いていいところ、と理解してる。
正直この結果には驚いた。
小学校の終わり頃に患った精神障害(かなり特殊な神経症のひとつ)に人生を狂わされた。あまりにも早すぎて、まだ碌に人生など始まっていない時期の発症だったから、狂わされたというのは少し妙な言い方かもしれない。ともかく、あるきっかけから発症し、その後の生活は全てその障害に支配されることになってしまった。対人恐怖症に似たもので、自分の内面を知られることや、人と会話することが恐ろしくて、何もできなくなった。たくさんいた友達を全て失って、親や兄弟との会話も難しくなった。なんとか学校には行っていたけど、ずっと一人だった。昼休みは図書館の一番奥の席で誰にも見つからないように時間を過ごし、授業が終わると真っ先に教室を出て、近所の公園に向かった。そこのベンチに座って何時間が過ごして、6時くらいになったら家に戻るという毎日だった。いちおう部活に籍を置いていたから、家にはあまりはやく帰れなかった。傍から見たら、完全な狂人のような生活を送っていた。
これほど苦しいのに、自分の精神に起こっている異常を誰かに打ち明ける勇気がなかった。臆病さに関しては僕の右に出る人はいないだろう。とにかく自分が情けなかった。他人とまともに顔を合わせて話せないほどの重症だったんだ。そんな風に、誰の助けを求めることもできないまま一人で悩み続け、中学・高校の6年間を過ごした。
高校の卒業間際になっても病気が治る見込みなんてまるでなかったから、将来どうしていいのか全くわからなかった。大学へ行ったところでうまくやっていけるわけはない。かといって就職できるわけでもない。結局、センター試験でわざと低い点数を取った。そうすれば親に何も説明せずに、浪人というモラトリアム生活を送れると思ったんだ。一悶着があったのだけど、どうしても大学に行きたいからと親に言って、なんとか浪人生活を送ることになった。
数ヶ月間、何もしない時期が続いた。金がかかるからと言って、予備校には行かなかった。図書館で勉強してくると言っては、誰もいない山道をぶらぶらと歩いたり、本屋で時間をつぶしたりしていた。でも、秋頃からはさすがにまずいと思って勉強を始めて、なんとか入試には合格した。とにかく実家から離れたかったからわざと遠い大学を受けて、親にはどうしてもここに行きたいからといって認めてもらい、一人暮らしをすることになった。
大学へ入っても相変わらず、他人との一切の接触を絶った生活を続けた。でも、ほんの僅かな救いは、中学・高校の頃に比べれば病気が少しだけ楽になってきたことだった。少なくとも一人で部屋にいるときは落ち着いて本を読んだり、ネットをしたりできるようになった。掲示板やチャットから、数少ない他人との繋がりが生まれるようになった。
やはり学校にあまり行けなかったから一留してしまったけど、それでもやがて3年の冬になり、就職活動をしなければいけなくなった。たんまりとたまった奨学金、そして今後の生活のために、働かなければならない。そうしなければ生きていけない。今までの学費で親の貯金は全て消えてしまったのだから。
似合わないリクルートスーツを着て、面接を適当に愛想笑いで誤魔化しながら、なんとか一つの会社の内定を貰うことはできた。今の僕は、その内定を貰った後、4月の正式な入社を控えている状態だ。2年遅れているから、24歳の大学4年生だ。
就職はしなければならない。そうしなければやっていけないのだから。でも、とにかく孤独過ぎて、どう言っていいのかわからないほど苦しい。自分を理解してくれる人なんて今後も現れるわけはない。ただの失恋の悩みや、人間関係の悩みとはわけが違う。自分は精神科医ですらほとんど知らないほどの特殊な症例なのだから。こんな自分の内面を理解できるのは、インターネットの掲示板でときおり出会う、かけがえのない同病の人達だけだ。顔も知らず、匿名で言葉を交わすだけの薄い繋がりではあるけど・・。
あまりにも世間知らずで、対人接触の経験の無い異質な人間が、健常者にすら過酷なサラリーマン社会に出ていこうとしている。障害者枠で働いていくことも考えたけど、それは自分のプライドが許せなかった。今まで読んでくれた人は気付いているかもしれないけど、精神障害を抱えながらでもやってこれたのは、ひとえにプライドが高いからだ。周りの人間になめられたくない、負けたくないとう動機だけでここまでやってきたのだと思う。
でも、本当はいまさらどんな努力をしたことろで、健常者とまともに戦えるわけはないこともよくわかっている。身体障害者にはパラリンピックという晴れ舞台が用意されているけど、健常者に混ざって生きる精神障害者には何もない。理解者もいなければ、助けてくれる人もいない。全ての困難を、何の賞賛も無いままに、自分自身の力だけで乗り切っていかなければならない。
これからも何度も何度も悩むだろう。絶望するだろう。その度に酒を力を借りて誤魔化し、一人でじっと夜明けが来るを待つんだろう・・。