層化のことかー!
自分が育ってきた環境になかったものというのは、そして、それが自分の周りの人たちに忌み嫌われていたものというのは(または自分たちと対極の存在としておかれていたものは)、いつのまにか自分の中で、やっぱり「忌み嫌われるべきもの」としてしっかりと刻み込まれている。だから、どうしてもなじめないし、その輪の中に入りたくない。ものすごい抵抗がある。どれだけ「本来それは自由であるべきもののはずだ」と言われても、わたしはできることならそれに近づきたくない。
しかしながらそれは日常に普通に存在し、すぐそばにいたりする。
あるいは、善意というヒツジの皮をかぶって近づいてくる。
最早逃げることは不可能。
いつのまにかその色に、無意識のうちに染められている。
ああ。なんてこった。
http://anond.hatelabo.jp/20070224013733
自分の為に生きてるだけなら、別に「社会人」になんてならなくていいんじゃないの。好きなことをしてれば。「社会のため」に何かをしようと思うから「社会人」になるんじゃん。古くさい言い方をすれば「世のため人のため」。
学校では教えてくれないエロ単語がぼちぼち好評だったので第2弾。予め断っておきますが、あくまで俺が見てきたエロしか語っていないので、ネイティブが見れば偏ってたり抜けてたりするかもしれません。ご了承を。
ひと昔前はいわゆるTGP(たぶんThumbnail Gallery Page)、トップページからテキストを極力排除してサムネイルばかりをずらっと並べ、そのリンク先にギャラリーページを設定するってスタイルが流行っていました。かわいい女の子やぶっかけられてる女の子の縮小画像をクリックすると、その続きなんかが見れるって感じですね。
なんで廃れたのか定かではありませんが、たぶん騙しリンクの多さにユーザーが辟易したんじゃないかと思います。騙しリンクによってTGPサイトをたらい回しされるなんてしょっちゅうです。あるいは単位アクセスあたりのサーバ負荷やトラフィックが旧来より高いという、提供側の都合もあったかもしれません。
まあ何にしろ、今ではTGPを見る機会がめっきり減りました。
前回の#1を書く際にかなり参考にした、Search Gallariesやpussy.orgのような、属性テキストリンクでエロギャラリーをまとめるスタイル。後述するflickrコピーと、思想的な部分はかなり似ているように思います。
どうやってるのかわかりませんが、かなりマイナーな属性でもそれなりに見つかります。属性リンク先では、クリックすればわかりますが、そのエロギャラリーがどういうものかを説明するテキストと共にリンクが張られています。自前で画像を持つのではなく、画像を持っているところにリンクするだけのリンク集といったサイトでしょうか。
EROSHARE - share your eroticsや、その2次元版danbooruがあります。これらは日本でいえばi-bbs.sijex.netや画像ちゃんねるのように、ユーザーが画像を投稿するスタイルを取っています(日本には以前からimgboard.cgiを使って画像投稿掲示板を開設する文化もありましたが、これらは画像掲示板を専門にホストするサービスなので若干違います)。
日本の画像掲示板と違うのは、投稿された画像の属性をタグによって整理し、また特定タグの画像を一気に見れるところでしょうか。たとえばdanbooruのyuriタグページでは、百合画像を大量に一覧できます(*danbooruでは他の海外エロサイトと違い、日本のエロ単語をそのままローマ字にしたものが多いです。これらはエロというよりfunsub文化の影響が大きいみたい)。日本が私書箱ベースの、特定のスレッドを立ててから該当する画像を投稿するスタイルであるのに対し、flickrクローンはまず画像だけをポストして後からタギングによって整理するのが対照的です。
いちおう海外にも、日本の私書箱みたいなimagefapがあります。
どうも特定のエロ会社が提供するサービスではなく、横断的にエロ画像/動画をまとめているサイトが伸びている感じがします。NapsterやWinMXで、エロ画像の探し方も変わったのかもしれません。
寸評:
今回はどうも内容が薄いなあ。
俺の大学は
から、「○○研出身です」といえば
となる。言いかえれば
ってなって、○○研がなんだかわかんなくてもググればその人が何できるか大体わかるんだよなあ。
そもそも偉いやつは必ず目立つ。
目立たないやつは使えない。
http://www.mizz.jp/word/word_6.html
「そもそも賢人と言われる人物は、たとえば錐を嚢中(袋の中)に入れておくようなもので、そのとがった先端はすぐに袋を突き破って見えてくるものです。しかし、いまだかつて毛遂先生の優れたうわさというものを聞いたことがないというのは、先生にはあまり能力がない為と思えます。よって先生をお連れするわけにはいきません。」
http://anond.hatelabo.jp/20070225092633
欲望とは他者なしでは成立しないし、発生すら危ういというのを聞いたことがある。
人に評価されることを追い求めてる人もいるけど、ひとりよがりで済むというのはありえないのではなかろうか。
例えば何かすんごい発見なり発明をして「すげーおれって天才!」と思っても誰にも認められなかったとしよう。
で「おれが満足してるからこれでよし」と思ったとしよう。
で、後日雑誌かなんかで自分のアイデアが発表されてて「あ、実は発見済みだったんだ」とか「おれのアイデア盗みやがって」とか「あ、おれと同じこと考えてる人がいる」
とか思ったとしたら、そこには他者が介在してるわけで、「おれ」一人だけの世界ではないと思う。
「おれは人の評価が気にならない人間だ」ではなく「おれは人の評価が気にならない人間になりたい」という欲望のようなものを感じた。
そもそもここにコメントを残す人たちは多かれ少なかれ他人の評価に反応する人たちだと思う。
「○○研究室にいました」っつーのは個人の能力と全く関係なかったりするのね。「○○先生のゼミに参加してました」って、参加するだけなら犬でもできるだろう、って感じ。だから要するに、「その人個人」を見て判断がつかない人に対して提示する規準は、「○○大クラス」という程度の非常にザックリとした規準しかないということなのね。
その辺が分からない理系の人は多いの。
http://anond.hatelabo.jp/20070225141010
の人が言ってるのも、説明するとそういうことなの。
もしかしたらとても貧しいのかもしれない
例えばクラスの入れ替えがあった新学年。
学科やサークル。
そういうところでまず話されることのあるジャンルとしてお国の話があるかと。
実はとても貧しい大多数の人ととても豊かな少数の人にわかれているのかもしれない。
ただそれが大多数がそうで少数だけがそうなのかはよくはわからないが感覚的にそう言ってみただけでもあって。
http://anond.hatelabo.jp/20070225140247
上記に書き忘れた・・・。
つうか XX大と△△大ではどっちが上ってどういう文章だよ!
たとえ偏差値にしても学部ごとにちがうだろうよ・・・。
「XXX大学」で学歴を語る人は、大学を高校の延長程度にしか利用し切れてないのじゃないかと邪推。
大学で 何を考えてどんなことをしたか が大切なのに。
それを判り易く人に伝えるために「『XXX大学のXX研究室』でXXしてました」ということはあっても、大学名で語るのが意味があるとは僕は感じない。
まだ、研究室に入るまえの学部生が議論してるのかしら?
みんな学歴の話が好きなんだねぇ。世の中(逆)コンプレックスを持っている人が多いのかな。
東北の田舎から、首都圏の偏差値50台の大学にいき、IT関係に内定貰った私にはそのあたりのコンプレックスがわからない。
ITの世界では学歴とかよりGeekが偉いとずっと思っていた。著名なSoftwareの開発者とか。
今は、社会に出るとそんなことも無いのだろうな、と思ってはいるが。
http://anond.hatelabo.jp/20070222102335
と同じように、肩に紐付き猫を乗せて、街中を「歩いている」人を見かけた。
猫は主人の胸にしっぽを垂らして、背中側を向いて座っていた。
その体勢に慣れているのか、背が高い主人の揺れる肩の上で非常に安定して座っている。
前方からやってくる人が次々「なんだあれは?」とぎょっとした顔で接近してきて、
すれ違うと振り返って猫の顔を見て笑っていた。
楽しそうだ。(人の顔を眺めてる猫が)
惰性で続けることすらできない、ADD/ADHDじゃないかと疑いたくなるくらい続けるということが困難な自分にとっては、とても。