http://anond.hatelabo.jp/20070225030043
他の人が為替リスクを書いているけど、まず基本は為替手数料だろう。
どちらも自分に損になるようなレートで交換される。
それで銀行は商売やってるわけだからしょうがないんだが。
日本の定期預金とさほど変わらない結果が出てしまったりするのが要注意点。
少なくとも、ここまではリスクと言っても普通に計算して出てくる(確率とか景気とか関係ない)
のだから、そこまで織り込んで外貨預金を考えようね。
少し高めの階なので下は扇形の住宅街が半径数十キロに渡って広がるのが見える
おそらく海の方は港湾が
第一文明だとかそんな言葉があったのをふと思い出す
・第二文明 - 恒星、恒星系の全てのエネルギーを使用できる文明(例:なんとか球。恒星の周りを全て覆った殻によって放射エネルギを全て利用できるような球。)
・第三文明 - 銀河系を…
イメージしてみた。第一文明や第二文明での都市がここからだと、この窓から見える景色がどう見えるかどう変わっているか。でも出来なかった。何故だろう、もしかしたら自分は人間だから今あるこれが人間の限界、これ以上はないのだろうかと思っているのだろうか。それともこれが本当の都市の限界でそんな第一だとか第二だとかの文明は無理じゃないかと思っている節もあるのかも。
煙草を消す。外は曇りだった。
http://anond.hatelabo.jp/20070225154108
俺は、逆なんだよなぁ。確かに映像はリアルなんだけど、お話が浮世離れしているって言うか。
「耳すま」だって、もちろん浮世離れしてるって言えばそうなんだけど、地に足はついてる感じ。秒速は、本当に妄想というか、なんかオタク世代にとっての色恋の原風景をそのまま映像化したみたいな感じでさ。どーもなぁ。
日本人的には「いやそんなことないですよw」って答えると思うんだが、
自負があるなら「ありがとう」でいいんじゃないか?
自分(女)のことになるが、
社交辞令で「かわいいですね」って言ってもらった時に
全力で否定していたら(お世辞でも言っていただく顔でないんで)、
年長の人から「そういうときは『ありがとう』って言えばいいの!」と指導された。
今はもう誰からも言われないので気楽です。
「頭のいい人が成功できるかどうかの境目」を書いた者です。大反響にびっくりしています。本家のダイアリーにはほとんどまったくブックマークが付かないので、正直戸惑いもあります。
さて、ブックマークで気になったものに返信をしておきます(敬称略)。
hajimenator この人は、「本当に頭のいい人」に会ったことがないんだろうな。中学入学時点で複素関数まで終わってるような奴らに中学校で出会っておいて本当に良かった。世の中には自己主張する必要など微塵もないすごい奴がいる
そういう話ではありません。むしろ逆です。私はあなたのライバル校の出身なのでそういう人もたくさん知っていますが、その人たちを意識しすぎました。あなたは学部生のようだからそういう人を意識するのは無理もないかもしれませんが、そういう人が研究者として優れた業績を挙げるかどうかとなると必ずしもそうではないのですね。逆に、数学とか理論物理のような分野であっても、現実に世界のトップクラスとして活躍している人の中には、大学入学した頃には並の学生だった人もいくらでもいますよ。
結局、早熟さと資質は違うものだし、知識と実績は直結するものではないのですね。乏しい知識から多くの結果を出せる人もいるし、逆の人もいる。そして、そういうところの分かれ目の一つに、謙虚に教えを乞えるかどうかということもあります。ところが、多くを知っている人ほど、プライドが邪魔をして人に聞くことができないのではないでしょうか?
また、現代は研究が余りにも細分化しており、優れた論文ならば必ずだれかに認められるということはあり得ません。学会や研究会などで物怖じせず積極的に発表していかなければ、まず間違いなく研究は日の目を見ず埋没します。また、そういった機会で優れた先達に知り合って教えを受けなければ、それ以上の飛躍の機会はありません。一人で何もかも成し遂げられる人は現代には存在せず、良い意味で他人を利用する技術が必要なのです。それが先の記事の主題です。
ちなみにもうひとことだけ言っておくと、早熟な人の多くは親族に研究者がいます。つまり、早熟さも環境があってはじめて目覚めるものだし、このことも「先達から学ぶ」ことの重要性の傍証になるでしょう。
arakik10 この人の成功例はすべて「答えのある問題」をそつなくこなしたことだけ。未知の物に立ち向かい半端でもいいから「ゼロから答えを仕上げる」という経験が書かれていない。「下手でもいいから成し遂げる事」を学ぶべき
私は今回の記事で「成功例」について全く触れていないのですが。ただし、返信記事と合わせて読んでもらえるとおわかりになるかと思うのですが、そもそも研究者というものは「ゼロから答えを仕上げる」ことはできないし、扱う問題は「答えのある問題」だけなのではないでしょうか。未知のものを既知のものにうまく帰着させるのが研究者の手腕だと思います。
ku-log 処世術に長けただけ奴らがのさばる世の中は気に食わないね。そう言う職人の心情を描いたのが、幸田露伴の「五重塔」。主人公の大工十兵衛はしかし、源太親方に命ぜられるはずの指揮権を命懸けで奪うのだな…
確かにそういうことには腹が立ちますし、私が処世術で劣っていたのは事実でしょうけれども、実はそういう話のつもりではありませんでした。持つべきプライドと不合理なこだわりを区別すべき、というようなことが主題のつもりです。
情報を捌くときに効率を求めるようになると、便利だと感じるようになると思うよ。
小中高といまに至るまでずっとイケメンだった。
イケメンですね!っていわれると困る。
「ははっ」って半笑いすると、馬鹿にしていると思われるし
「いやあ、ふつうのひとみたいに漫画顔で愛嬌があるほうが絶対得ですよ」ってふざけようなものなら、嫌味にとられる。
みなさんはこんなときどうやってかわしてますか?
http://anond.hatelabo.jp/20070225143758
化学っていっても無機だとか有機だとか生物だとかいろいろあるのでみんなそれぞれ違うかもしれない。
わたしは応用化学なんでどっちつかずなんで、中庸な意見ということで答えるよ。
> 化学の徒は、自らの研究と人生や哲学との関連についてどの程度意識しているのだろう
「なにか新しいもの」をつくってその評価は世にまかせる。
そういう世界だと思う。スタイルは比較的数学者に近いのではないかな。
ただ、それがもしかしたら目に見える形で世の中の役に立つかもしれないという希望はあるよね。
理学であれば30年先に、工学であれば10年先に実用化されたらいいな、でも、その間にまったく別の方法とかで実現されたら無駄になっちゃうかなとか希望と絶望を思い描きながら研究を進めていくんだ。
研究が終わってから何年もしないと評価にお目にかかれないしそれが失敗かもしれない。悲しい宿命なんだ。
そんなのを見聞きして、わたしはいやになってしまったけど。
これは化学者に限らないかもしれないけど、研究職は短い人生のなかで主題はいくつももてないよね。
その主題にすえた研究の中で画期的な成果が出せるのは偶然の助けも要る。
もしかしたらぽっとでの若造に出し抜かれるかもしれない。
成果が出せれば一部から名声は得るかもしれないが生活が裕福になるわけではない。
でもあるケミストは自分の研究以外に頭はつかわないんだ。自分の人生なんか考えないんだ。
そこにモチベーションや欲望は抱かないんだ。
パズルを夢中になって解いていたら日が暮れる。
とき終わるころには人生も暮れる。
パズルを解くのから醒めて周りをみてしまう人は化学者にはなれないんだ。
わたしが進学前に夢見ていたのはバカみたいだけどマッドサイエンティストだよ。
あんなことやこんなこと、誰もやったことが無いことをしたかったんだ。
飼いならされないと研究もできない。
先に金持ちにならないとダメなんだと気がついたよ。
3兆円あったら私設ラボつくるんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20070209155341
を受けて
なんていうか、こういう人。
443 名前:名無しさん@七周年[] 投稿日:2007/02/25(日) 16:25:16 ID:9YOup3Lw0
>>434
作ったやつは少なくともお前以上の収入を得てるんだぞ。
それ以下だ
【ネット】 “P2Pで入手” ゲーム「ひぐらしのなく頃に祭」のニセモノで、データ消滅騒動★3
はてなRSSを使い始めた。今日から。なんか重い。設定反映されるのが遅い。でもヘッダにbetaって書いてあるしこんなものか。
そういえば最近デスクトップいじりはじめた。VS変えた。角丸のかわいさは異常だよな。侍も入れてみようかと思ったけど、訳がわからなかったのでYahoo!ウィジェットを入れた。使ってるのはゴミ箱とiTunesプレーヤーぐらいだが、別にこれくらいでいいや。メモリ使用率とか天気予報とか番組表とか必要ないし。あとはフォントとアイコンを大幅にいじりたいんだが、妹と共用してるのであんまり派手にはいじれないから、とりあえずFireFoxのフォントをTarisakaにしたらすげえ読みやすくて最高。Osakaよりもこっちのが好みだ。
あと、こないだバイト希望なんですけどって電話入れたとこに履歴書持っていったんだけど連絡来ない。またダメだったのか。
…… \(^o^)/
ってはてブとかで出回ってるかその前に。
いつ出来たんだろうこんなの。2004か…
http://scholar.google.com/intl/ja/
日本語版は去年の8月ぐらいか……
追記
そんなことよりも「巨人の肩の上に立つ」で思い出すのはそれがそのままニュートンの言葉かそれともOasisのGo Let it Out!が収められているあのアルバムを思い出すかどちらかなんだろうけど自分は先にあのジャケットが目に浮かんできてしまった。
私は幸いだった。優しい家族の元に生まれ、好きなことを職業にでき、愛する妻と結婚し、そして偉大と呼ばれる功績を残すことができた。本当に素晴らしい人生だった。しかし、一つだけ心残りがある。それは妻のことだ。妻は離婚歴があり、夜の仕事をしていた。それを理由に妻のことを悪く言う人間がいる。偉大な功績を残した私には相応しくないと。それが唯一の失敗だったと。妻は気にしていないと言ってくれている。だが、やはり時より辛そうな顔を覗くことができる。そんな妻を思うと、私はを言わずにはいられないのだ。本当のことを。妻の偉大さを。私の本当の功績のことを。
人々は、私が妻を、離婚歴のある、夜の仕事をしていた妻と結婚したことが、偉大な功績を残した私には相応しくない、唯一の失敗だったと言う。しかし、本当に偉大な功績を残したのは妻だったとしたら?私は数式に置き換えただけだとしたら?彼らはどのように言うだろうか。
確かに妻は教育は受けていなかったが、抜群の知性を持っていた。人々が何を考え、望んでいるのかを瞬時に理解し、それを与えた。だから、夜の世界でもすぐに頂点に上り詰めることができたのだろう。それは対人関係以外でも明らかだった。彼女の発言は常にスマートだった。彼女に何かを聞くと、的を射た、意図を見越した、シンプルな回答が返ってきた。どんな複雑で煩雑な問題でも、彼女に聞くとシンプルでスマートな形式になって返ってくるのだ。そして、それはどんな難問でもだった。それを彼女が理解できる日常言語に落としこめさえすれば、彼女は当たり前のことのように即答できた。多くの学者が頭を悩ませ続けた問題にもだ。
ある日私は、彼女と昼食後の穏やかな時間を過ごしているときに、今私が、そして世界の研究者達が、研究している分野について、日常言語に落とし込んで話していた。何かを期待してなかったわけでもないが、何かを期待していたわけでもなかった。さしもの彼女も無理だろうと思っていたからだ。だから、ヒントになることでも聞ければ幸運と、私は軽い気持ちで話していた。私が話し終えると、紅茶にお湯を注いでいた彼女は首を傾げ、「うーん?」と少し考えている様子だった。彼女が考えるのは珍しい。というより、私は初めて見た。それ程彼女は頭の回転が速かったから。
そして紅茶の葉が開き、淹れ終わると、彼女は考えるのをやめて、カップの準備をし始めた。やはり彼女にもわからないことはあるのだなと、そんな当たり前のことを今更思っている自分に気づき、おかしくて笑っていると、カップとティーポットを持ってきた彼女が、私の前にカップを置き、紅茶を注ぎながら「砂糖はいくつ?」とでも聞くように気軽さで言った。「ねえ、さっきの話だけど―――」
それが私が残したとされる偉大な功績だ。私は彼女の言うことを数式に置き換え、証明し、発表しただけなのだから、本当に偉大な功績を残したのは、誰かだなんて言うまでもないだろう。ただ、これからは一つだけ訂正して頂きたい。私が妻と結婚したことは唯一の成功だったと。それが私の本当の功績なんだから。
Discommunicationって単語が見慣れないので調べたら「非標準英語」とあったのですが、discommunicationという単語は外人に通じますか?
これはやばい。
「『耳をすませば』を観ると鬱になる」という話があるが、私にとってこれはそれに匹敵する、あるいはそれ以上の衝撃を与えてくれる。
「耳をすませば」の場合、鬱になる(私の場合はむしろ「ははは、私の青春、私の人生なんて!」と逆に躁になることが多いが)要因はそのリアリティにあった。公団住宅の一室をベッドで区切り姉妹で分かち合うなどという、少女漫画では決してなしえないリアリティ(私も実際ベッドで部屋を区切り兄弟と共有していた)。それがゆえに思わず自分の青春と重ね合わせてしまい、そして絶望に陥るのである。
そして、「桜花抄」の場合、リアリティを生み出すのは鉄道である。時刻表、案内板、プラットホーム、電車車両。新海氏特有の光源過多、反射過多で描かれたそれらが、青春18きっぷを使い田舎から東京観光に出かけたこともある私に、郷愁にも似た感情を覚えさせる。
さらに、この2作品の共通点として、時代は90年代半ば、主人公は中学生ということが挙げられる。すなわち、携帯電話が登場しないのである。実際私が中高生のときも携帯電話などなかった。一部持っている人もいたが少なくとも私は違った。現在の中高生を描くに当たって携帯電話は必須のアイテムであり、持たないとすれば何らかの理由付けが必要であろう。事実最近私が見たアニメでこれはと思うものは、携帯電話を主要なアイテムとしてうまく使いこなしていた。
だが、それでは私の青春時代とは前提が異なってしまう。新海氏は時代をずらすことでこの問題を解消し、大人にとっての青春時代と同じ設定で物語を紡ぎだしたのである。私はこれに気づいたとき、思わず「やりやがったな新海!」と叫んでしまった。ここまでやられては、のめりこめないというほうがおかしい。
続編2作でどのような展開になるかはわからないが、鬱物を求める人々にとって、「秒速5センチメートル」はこの第一話だけでも一見の価値があると信じてやまない。
私が、あるいは「耳をすませば」よりも「桜花抄」にリアリティを感じる一番の理由は、自分にも似たような体験があるからである。もちろんそれは作中のように甘美なものではなく、苦いのか酸っぱいのかもわからない過ちだらけの代物ではあるが、それでも私はその思い出を捨て去ることができずに生きている。だからこそ、このような話は私にとって決して浮世離れしたものではなく、むしろ胸を締め付けるいばらとなりうるのである。
http://anond.hatelabo.jp/20070225145552
もうそろそろ、はてダと増田と2chを考察して「匿名性についての考察」をしてくれる人が出てきてくれるんじゃないかと。
じゃあこんなとこウロツクナ!(自答)
http://anond.hatelabo.jp/20070225124550
何がおっしゃりたいかわかりませんが、私は役場勤めではありません。
それに、私は今でも血気盛んですよ?それなりに何かをやってやろうとは思っていますとも。でも、血気盛んだからこそ、まずは自分の立ち位置を客観的に見つめることが大事なのではないでしょうか。無謀と野望は似て非なるものです。野望を実現するためには、「下手に出る」ことも必要なのです。というより、教えを乞うことは「下手に出る」ことではありません。何かをやってやろうと思うからこそ、謙虚に教えを乞うべきなのです。急がば回れです。
あと、ニュートンの言がGoogle Schalorのトップページに載ってたことは知りませんでした。私は論文検索にはMathSciNetを使ってましたから。それから「学部生でもわかるような内容」とのことで、何を指してそう言われているのかわかりませんが、私は「非凡なこと」を書こうと思ったわけではありません。単に「正しいこと」に興味があるだけです。その上でひとこと言うならば、元記事で書いたような「お話」だけなら、学部生どころか中学生の頃にもとっくに知っていましたよ。ですが、その教訓から何か自分の人生に活かせるものを学び取ることができるかどうかとなるとこれは全く別の問題です。私はその実例を一つ提供してみただけの話です。
http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20070223/1172263676
そうだ、はてなアイデアにはてなとは関係ないアイデアも登録できるカテゴリーを作ったら面白そう。
どこそれの戦争はやめるべきだ、とか、京都にシリコンバレーを作るべきだ、とか。
これに対し、はてブのコメントでは「疲れてるの?」「釣り?」など戸惑いの声が。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/jkondo/20070223/1172263676
http://hatena.g.hatena.ne.jp/hatenaidea/20070224/1172324646
http://i.hatena.ne.jp/idealist?did=22
リクルート発行のフリーマガジン「R25」の中で語っていたことが明かされる。
http://hatena.g.hatena.ne.jp/hatenapr/20070224/p1
京都はゆったりとした時間の流れ方や元気の良い学生の多さ、体制の距離を置けるという点がシリコンバレーによく似ています。日本でシリコンバレーになれるとしたら京都をおいてありません。