2007-02-22

http://anond.hatelabo.jp/20070222010715

そう、そしてヒトラー予言が成就する。

ロボット人間たちのほうは、それに従って生きるだけだ。これはある意味では気楽な身分だ。戦争も気候も経済も、神人たちによって制御されてしまうので、ロボット人間たちは神人たちの認める限度で、多くのものを与えられる。食物と住居も、職業も娯楽も恋愛教育も、時には思想さえも与えられる。

ただロボット人間たちは、与えられ、操られていることを意識できないようになる。自分たちの意識では、何もかも自分で選択して勝手に生きているのだと思う。しかし、じつは神人たちがすべてを見通して、管理工場の『家畜』のように彼らを育て飼うことになるのだ。

便利なものは急速に広まる。急速に広まり、それがある一定の水準を超えたとき、それは必需品となる。必需品になってしまえば、それを用いるのが当然となる。便利さは増さない。増えたはずの余裕は、何か別の時間に当てるべきものとされてしまう。ただ束縛される。捨てることは許されない。その社会では、それを捨てては生きていけない。しかし、それに束縛される限りは、自由に振る舞える。籠の中では自由に飛べる。

そしてまた新たな枷が――

記事への反応 -
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        • http://anond.hatelabo.jp/20070222013543 生まれた行動の幅は、自由としてもたらされるよりはむしろ必需品としてもたらされる。車や電車で行動の幅は広がったが、通勤を常態化し、田舎に留まっ...

          •  マクロに見たときの、個人に与えられる「自由」の意義とは、社会がその構成員に対して業務上必要なデバイスとして支給する「道具」とか「業務用品」とか「官給品(?)」なのだろ...

    • 空いている席の上で、よくケータイがなってる職場の人には、その感覚がわからんかったりする。

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