オタクはバンカラに似ている部分も無くはないとは言え、腕力に頼らない(頼れない?)ところと、少女趣味というかセンチメンタリズムというか、バンカラの嫌いそうないわゆる女々しい趣味が好きな事も少なくないところが、大きな違いだと思う。
別に嫌いになる理由が見あたらないし。
バンカラは、弊衣破帽と称される損傷した衣服を纏う事により、「己の外見を飾ること以外の何事かに、より熱心である」ことを表現しようとする若年服飾文化、およびその源泉となっている気質。
粗末な衣装によって「表面の姿形に惑わされず真理を追究」という姿勢を表現したものとされている。また、ハイカラのアンチテーゼとしてのバンカラは武士道にも通じ、「単に外見の容姿のみに留まらず、同時に内面の精神的なものも含めた行動様式全般」とも理解されていた。外見に無頓着な体裁とそれを正当化するための動機が複合した文化であると言える。
Wikipediaのバンカラの項目を読んでると不思議とその姿がヲタと重なって奇妙深かったり。
ヲタの服が粗末だ、とは言わないが、バンカラ的な「己の外見を飾ること以外の何事かに、より熱心である」「表面の姿形に惑わされず真理を追究」というのは(一般的に)自らの容姿には無頓着とされるヲタ気質に近いモノがあるような気がする。まあヲタといえども現在はいろんなタイプに分化してるんで当てはまらないケースも多々ありそうだけれど。
http://blog.nicovideo.jp/archives/52377008.html
いつだったかYouTubeをマッシュアップしたサイトの運営者が嘆いていたが、
やっぱそうなんだなーと。
考えてみたらそりゃそうだ。
http://anond.hatelabo.jp/20070218013048
誰だって、知的障害者だから犯罪をしてもいいなんて思わないだろう。
被害者にならない限り、微罪なら「知的障害者だから許してあげて」と言ってしまうだろう。
自分の事でも無いのに全力を尽くしてくれるのは過保護な保護者くらいだ。
知的障害者が普通の学校に入れなくて「差別だ、なんだ」と言って裁判起こしたりで無理矢理入れる親もいるみたいだが、実際それはどうなんだろう。
知的障害者の子が強く「普通学校に行きたい。駄目なところがあったら努力して直していく。」という志があるなら、入れてもいいような気がしないでもないが。
大概は親が、「この子はみんなより知能の発達が少し遅れてるだけで、他はなにも問題ない」とかなんだで、入れる親だと思う。私は知的障害者の運動大会にボランティアのスタッフとして参加したことがあるが、運動能力ならそこら辺の凡人よりも好成績を残せる人がたくさんいたと思う。
障害者向けの施設とは、障害者を指導し、社会にでても問題ないようにする場であるはずだ。普通高校の教員や同級生・保護者に比べれば、施設のスタッフは優秀な人だと思う。だってスペシャリストだもの。
それをわざわざ普通高校に行かせたら、学校の負担は大きくなり、結果として障害者の子は社会に出るための指導を受けられずに卒業してしまうんじゃないかと思う。
知的障害者で犯罪を起こした人が、普通学校に行かされた等という統計は取ってないし調べても居ないからこのエントリーは憶測の域を出ないのだけれども。
話はずれてしまったが、スイミングスクールに関しても同様だと思う。
知的障害者専用のスイミングスクールとは言わなくても、施設のスタッフみたく知的障害者に詳しい人たちが居れば、痴漢はいけないことだと教えることが出来ただろう。
知的障害者は、知能の発達が遅れている。だから、何度もしっかり教えることが大事なのだ。それをスイミングスクールのスタッフは「知的障害者だから許してあげて」と言ってしまった。
そこがいけないんだと思う。
知的障害者は、しっかり社会に出られるまでありとあらゆる場所で適切な指導を受けなければいけないのだ。
なにがよくてなにがいけない事なのかをしっかりと伝えるべきだったのだ。
結局、犯罪を起こしてしまう知的障害者たちは、そういった適切な指導を受けきれなかったのだと思う。
つまりは、差別差別と一方的に騒ぐだけでなく、しっかりとした知的障害者への指導が知的障害者たちの犯罪率低下にかかわるのではないだろうか。
知的障害者はなに考えてるか分からない、特徴のある顔の人が多く、健常者には知的障害者を嫌う人が多いと思う。
知的障害者を嫌って、知的障害者たちへの指導を怠ったばっかりに、犯罪に巻き込まれる。という悪循環。
知的障害者を嫌わず、相手の事も知ってあげ、適切に指導していければ犯罪抑制にもつながるのではないだろうか。
当時小学生だった彼女たちも単に「痴漢こわい」「クラス変えて」というのではなく「これはいけないこと」と何度も教えてあげればきっと知的障害者の人も分かったのではないだろうか。
確かに小学生には難しいことかもしれないが、それはこの社会が未だにそういうことを出来切れてないから不安なだけだと思う。
一方的に知的障害者を嫌うのではなく、ちゃんとした知識をもってしっかりつきあえば彼らも分かってくれる。その知識を一般の健常者がもっていないだけなのだ。
相手は知能の発達が遅れているわけなのだから、知能の発達している私たち健常者があわせていかなければいけないのだ。
物じゃなくて権利の貸し借りなんで。
本当に権利の貸し借りなんだろうか。
だとすればその点が明示されているべきだ。無体物の貸借なのだから。
だけど例えばTSUTATAの利用規約を見ると、そういう明示はない。
http://www.ccc.co.jp/member/member2/agm/agreement.html
確かに、
[19] レンタル商品は、著作権法で保護されていますので、家庭内等での個人利用に限ります。
とはあるけれど、これだけではレンタル業者はCD本体とともにその使用権を貸している、とは読めない。
つまり、貸す側は「物として」貸してるだけ、ってことだ。
とすれば返すときに消す必要はないんじゃないか?「物」は返しているんだから。
巣の仲で3大欲求を済ます動物もいるでしょうよ。
久しぶりにwhoisなんて使ったかもんだから。
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[追記]
http://anond.hatelabo.jp/20070218144839
「増田は無数におり、話題は有限である」という前提に立ち、無数の増田が思いつく有限の話題を組み合わせたものがはてな匿名ダイアリーであるならば、現在の議論と似たような議論が過去に存在し、あるいは将来も再度全く同じ組み合わせから構成される可能性について示唆している。ニーチェにおいて、このはてな匿名ダイアリーの円環的構造は、たんに存在論的なものにとどまらず、自由意志の問題と結びつけられる。すなわち、永劫回帰はしばしばペシミズムと結びつけて語られるが、その一方で、同じような議論が何度めぐり来ても、いまここにあるエントリーがかくあることを望む、という強い生の肯定の思想でもある。その意味で、永劫回帰は生の苦悩を超出している超人にのみ引き受けることが可能な、存在と意志との自由の境地である。永劫回帰はたんなる宿命ではなく、自由意志によって招来されるはてな匿名ダイアリーの根源的なありようなのである。
(参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%8A%AB%E5%9B%9E%E5%B8%B0)
その指摘も何度目だと…
その指摘は何度目だと…
借りてきたCDってiTunesに転送していいんだよね?著作権法的に私的利用?レンタル屋はレンタル屋でJASRACかどっかに使用料払ってるんでしょ?
借りてきたCDをコピーしても転送してもいいけど、返す時に消してね。
レンタルしている間は使用権があるから、自由に聴いたり、自分が使うためにコピーしたりする私的利用はできるよ。
でも、返すと使用権はなくなるから、全部消してね。レンタル屋が払ってるのも貸している間の使用料なんだから。
友達に借りた時もいっしょだからね。あと、友達に貸している間は使えないから。
物じゃなくて権利の貸し借りなんで。
ま、建前なんだけど。
http://anond.hatelabo.jp/20070218024443
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070217#p1
増田=匿名交換日記と出合い系を混ぜたようなサービスはできないかしらんと妄想してみる。
増田のような「アカウントを持つ参加者による匿名日記」のシステムをつくり、参加者を無料でつのる。ある程度参加者が集まり、(もちろんヤラセも投入して)匿名日記内でのやりとりが活性化したところで有料サービスを打ち出す。ポイントを払うと、エントリの書き手に対する情報が段階的にわかるようになるのだ。一定額払うと1週間の間書き手の性別がわかる、さらに払うとハンドルがわかる=個体識別できるようになる、さらに払うと特定の書き手の顔写真が出てくる…という具合。出合い系が実際の女性に出会うまでのファンタジーを売る商売だとしたら、これはネット上であなたの友達になってくれるかもしれない誰かと出会うまでのファンタジーを売る商売である。うわ、書いてて哀しくなってきた。
まず前半。客観的に見て、小学生が中学生くらいのやつに痴漢されたってのは微罪だ。断罪するのもちょっと憚られる。これは大前提。そこから外れることなく続きを読むと、せいぜい痴漢被害にあった人の体験談でしかない。せいぜい、なんていうのも女子として納得できないけど、まあ、そういうものだろう。
「相手は知的障害者だからしょうがない」は、たまたま言い訳が用意されてたから使っただけで、知的障害者じゃなくとも何らかの理由をつけて「しょうがない」と言われただろうと思う。だって微罪だもん。大人はそんなことに全力を出しません(残念ながら)。
これは感情をベースに(すなわち被害者視点で)読んでいくと知的障害者への憎しみが育まれるのとは、対照的な感想だ。その感想の違いが後半への態度を決める。
被害に遭った人は、莫大な恐怖と気持ち悪さに恐怖してたんだろうと思う。そしてそれを周りに訴えても、なしのつぶてというか本腰入れてませんって態度が伝わって歯がゆい思いをしたと思う。私とキチガイどっちが大事なの! なんて恨み言のひとつも言いたかったに違いない。その悔しさも恨みもつらさもわかるしそれが障害者といわず不適合者全般への敵意に昇華してゴッドランドを夢想するのもわかるけど、ていうかわかるから、そもそもなんでそんなこと考えるのかを突き詰めていくと、小さい頃の痴漢にしか行き当たらないのが主張を強力に弱体化していると思う。それは、あまりに個人的だ。
どうせなら、同じ経験からでも、大人は社会的なヘタレだ、という事実を糾弾したほうがその体験も広く共有されてるし、また有益だったと思う。手札のなかで異彩を放ってるだけのキチガイに振り回されるのはもったいない、と20年強生きてきた身としては思うんだ。
許される許されないで言えば、当然「許される」でしょう。
近代であろうと現代であろうと、彼らが誰に生きる許可を貰わなくてはならないはずもない。
地域社会の目が厳しく、座敷牢に一生押し込められることにはなっても、
非生産的な家族を養う財力がなく、障害のある我が子を殺める親がいても、
さらに言えば、知的障害があるとわかった時点で、親が、こんな子供いらないと思ったとする。(まずそんなことはないと思うけれど)
しかし、殺せば殺人であり、社会的にそれは許されない犯罪行為とされている。
でも育てれば、近年まで社会的に許されない存在を育ててるんだからありがたく思えと言われる。
そりゃあんまりだ。